情熱的な赤が印象的な近代洋画家・梅原龍三郎。
のびのびとした筆致と鮮やかな色……と文字にすればルノワールの弟子と言われても違和感は無いけれど、実際に梅原龍三郎の絵を観ると、「ルノワール???」と思ってしまうのは私だけではないはずです。
ではでは二人の間にはどのような繋がりがあったのでしょうか?それを最初の取っ掛かりとして、ルノワールをはじめとする近代洋画家との関係や、コレクションした古今東西の美術品などから「梅原龍三郎」という人物を紐解いてゆく、というのがこの展覧会の印象でした。
驚いたのは三菱一号館美術館所蔵品を含め、関連作品として取り上げられている印象派をはじめとした豊富な絵画や彫刻が多数併せて展示されていること。一粒で二度美味しい思いができるのも、本展の大きな特徴と言えるでしょう。
そもそも私、梅原龍三郎についてはうっすらとしか知らないもので……。それならお話を聞いて鑑賞したいと思い、このたびブロガー内覧会に参加させていただきました。(※作品は美術館の許可を得て撮影しています)
[caption id="attachment_1619" align="aligncenter" width="480"] 下:右より、安井学芸員、高橋館長、ブログ「青い日記帳」主催:Takさん
※会場にはこのように梅原龍三郎とルノワールのアイコンを設えて、それぞれの言葉を要所に記してあります。[/caption]
今回展覧会を担当された安井さんのお話は軽妙でとにかく面白い!そして高橋館長はなんと梅原と同様、船でフランスへ行かれたことがあるそうです(当時館長小学生)。
冒頭でも述べたように、梅原龍三郎は「ルノワールの弟子」として華やかに画壇デビューするわけですが、どういうかたちで「ルノワールの弟子」となっていたのかは今まであまり注目をされてこなかったそうです。(というか、そもそも関係性があまり重視されていない……) 個人的にはこれは面白いエピソードなのでがんがん広めていったらいいのにと思うんですよ。なんせアポなしで巨匠ルノワールの自宅に突撃したっていうんだから。
その頃既に国民的画家として大成していたルノワール。彼を訪ねる人々は引きも切らなかったことでしょう。そこへ東洋から二十歳そこそこの若い画家がいきなり訪ねてきたのだから、まあびっくりするわな。
普通だったら「誰だお前」ってなると思うんだけど、不思議なことにこの世には突撃が許されるタイプの人間というものが一定数存在するんですよね。梅原龍三郎もおそらくそちら側だったのでしょう。
制作現場を見せてもらった上にお昼までご馳走になったそうですが、この豪胆ともいえるエピソード、この先の彼の画業においても人柄がよく表れている良いエピソードだと思うのです。結果こういう切り込み方をした人がいたから、その後の日本人画家たちが印象派の大家を訪問する切っ掛けになったわけで、画壇にもかなりの影響を与えているんですよね。 (ちなみにルノワールの息子、ジャン・ルノワールの映画に梅原龍三郎は出演しているそうな)
はじまりの章ではルノワールと出会う前の梅原作品と、その出会いを紹介。そこからコレクターとしての梅原龍三郎に焦点を当て、ルノワールとの死別、そしてルノワールが遺したものについてを追う形式となっています。
まず最初の部屋。ここに展示されている作品を観ると「え?梅原龍三郎?」と思うこと請け合い。あの特徴的な赤がなく、どちらかというとルオーの影響やピカソ、セザンヌの影響の方が強く出ているように感じます(ルオーやピカソの影響は、後々もっとパワフルな感じでも出てくるんだけども)。そもそも梅原龍三郎がルノワールの名前を知ったのはフランス行きの船の中。同室だった田中喜作が持っていた本の表紙に書いてあった名前を見たのが最初だったとか。 だから、はじめからルノワール目当てで渡仏したってわけじゃないんですね。
(≪横臥裸婦≫は愛知県美術館の館長が惚れこんで購入した絵だそう。)
[caption id="attachment_1620" align="aligncenter" width="960"] 手前:≪横臥裸婦≫[/caption]
で、このあたりはルノワールみを感じさせるんですけど、
[caption id="attachment_1621" align="aligncenter" width="480"] 左:≪読書≫
右≪チシアン ドンカルロス騎馬像(自由模写)≫[/caption]
実は個人的に「ルノワール入ってる!」と思ったのってこのあたりだけなんですよね……。
[caption id="attachment_1622" align="aligncenter" width="391"] ≪黄金の首飾り≫[/caption]
あとはなんというか、フォービズム強めっていうか、ルオーとか、マティスに学びましたって言ってくれた方がしっくりくるっていうか。けれど観ていくうちに、不思議なんだけども「描いてるとなぜか荒ぶっちゃうんだけど、でも心の奥にはルノワール先生が住んでいるんです!!」みたいな、ある種健気な気持ちがひしひしと伝わってくるんです。ほんとに。
その気持ちの集大成がこの≪パリスの審判≫。
[caption id="attachment_1623" align="aligncenter" width="384"] ≪パリスの審判≫
梅原龍三郎[/caption]
今回はルノワールの描いた2点と、梅原龍三郎の描いたものが展示されています。
[caption id="attachment_1624" align="aligncenter" width="384"] ≪パリスの審判≫
ピエール=オーギュスト・ルノワール[/caption]
1921年、ルノワールの弔問のため、再び渡仏してカーニュを訪れた梅原は、そこで複数の≪パリスの審判≫を目にします。その時はこれらの絵を購入できなかった梅原。しかし1978年、ルノワールの≪パリスの審判≫が日本にもたらされます。約60年ぶりの対面。梅原は、模写を試みました。 この話を聞くと、タイトルにもなっている「拝啓ルノワール先生」って言葉が一気にぐっと来るのですよ。「全てはここへの布石だったのかー!!」っていう興奮。映画を観た後のような気持になりました。 ルノワールの、このぼやっとした中にもユノーとミネルヴァの憤怒の表情が見て取れるという作風が好きで好きで模写するんだけど、ルノワールみたいには描けない。でもすごい好きなんだっていうね……。これを描いた梅原龍三郎は既に90歳を迎えていたわけですが、彼の中でこの絵と向き合う時間は確実に20代の頃に戻っていたと思うんです。 私がこういう設定に弱いだけかもしれないけど、もうルノワールはこの世に居ない。自分もかなり年をとった。でも、沸き上がる気持ちはあの頃とは何ら変わらないんだ!っていう。 そこで「拝啓ルノワール先生」ってきたらもう泣けてくるよね。ルノワールっていうよりルオーじゃね?とか言ってごめんだよ!うん、ルノワールだよね!って思ってしまうわけです。
ちなみに白い暖炉の上に飾ってあるルノワールによるバラの絵。これは梅原がルノワールから譲り受けたものですが、彼はこの絵の額装を自ら行ったそうです。この額、18世紀の手彫りの額で、ものっすごくお高いのだそうな。ちなみにこの絵、もとは縦のものを横にして額装したものらしいですよ。
さて、先にも書きましたが、梅原龍三郎はコレクターとしてもその名を馳せていました。当時相当高額だったピカソの絵などを購入できていることからもその財力が伺えますが、彼の興味の矛先は西洋美術のみならず日本の大津絵にも向いています。
大津絵と言えば浅井忠。梅原は浅井が主宰する聖護院洋画研究所(現・関西美術院)で学んだ経歴があります。安井さん曰く、おそらく梅原は浅井の大津絵コレクションを見ていたのではないかとのこと。確かに大津絵の持つプリミティブな魅力と一見奔放に見えながらしっかりしたリズムを持っている画風は、梅原の作品に通じるものがあります。
[caption id="attachment_1626" align="aligncenter" width="338"] 左≪長刀弁慶≫
右≪鬼の念仏≫
これ、弁慶の長い刀っつったら、岩融のことでは……⁉[/caption]
浅井忠による大津絵、九谷焼にしたらさぞ可愛かろうっていう図案もありました。
[caption id="attachment_1627" align="aligncenter" width="480"] 浅井忠
左≪座頭(中皿図案大津絵≫
右≪雷と太鼓(中皿図案大津絵)≫[/caption]
この大津絵コレクションと同じ部屋に、マティスやピカソ、ブラックがあるんだけど、どれもとてもシックな絵であり、梅原龍三郎が描く生命力に溢れまくってる絵とは全然違う体温を持ったものが多かったです。 今回展示されているのが偶然そういうキュレーションだったというだけなのかもしれないけれど、梅原龍三郎という人は、もしかしたら自分が描くものと蒐集するものとでは、方向性が真逆なんじゃないかと思えてなりませんでした。 自分と正反対のものに惹かれているのか、自分に無いものを蒐集というかたちで補おうとしているのか。真意は分かりませんが。
[caption id="attachment_1628" align="aligncenter" width="576"] 左≪横たわる裸婦と画家≫パブロ・ピカソ
中≪若い女の横顔≫アンリ・マティス
右≪海景≫ジョルジュ・ブラック[/caption]
「画壇のライオン」とも言われた梅原龍三郎。
もともと裕福な家庭ではあったけれど、功を成したあとは更に資産も潤沢になってかなり豪勢な生活をしていたそうですが、年をとっても日々鰻やらステーキやらをもりもり平らげていたという話を聞いて、それはお金が彼をそうさせたのではなく、もともとあった気質なのだろうと思いました。
巨匠の家にアポなしで突撃しても歓迎されてしまう人柄。 きっと気持ちの良い、さっぱりとした裏表のない人物だったのでしょう。
力強く伸びやかな筆致と鮮やかな色。
躍動する造形。沸き立つ生命力。
そのどれもが、梅原自身の人柄を塗りこめたものなのかもしれません。
「拝啓ルノワール先生 ―梅原龍三郎に息づく師の教え― 会場:三菱一号館美術館 期間:~1/19(月・祝) ※月曜休館。ただし、祝日は開館。 年末年始休館 12月29日(木)~2017年1月1日(日) 時間:10:00-18:00(入館は閉館の30分前まで) ※(祝日を除く金曜、第2水曜と、1月4日(水)~6日(金)は20:00まで)