雨がくる 虹が立つ

ひねもすのたりのたり哉

「日本画の教科書(東京編)」展 行ってきた

山種美術館

山種美術館50周年記念のラストを飾るにふさわしい日本画の教科書展」の東京編を観てまいりました。 昨年(2016年)の3月に開催された奥村土牛の回顧展から始まって、琳派浮世絵、そしてベリーベストオブ速水御舟と言っても差し支えないほど新鮮な御舟展……。その最後に企画されたのがこの日本画の教科書」です。

京都編東京編に分けて公開され、各画壇の巨匠たちの作品を鑑賞しながら近代日本画のあゆみを振り返るというまさに「体験型美術の教科書」なわけですが、ここで言う“教科書”は絵や変遷の説明だけではありません。普段我々が見ることのない岩絵具等の画材の解説や、文字通り“教科書に図版として載っている日本画の原画”が程よいボリュームで凝縮されていて、マジでためになる展覧会。でもな、文末に記載しますけど、それだけじゃなかったんだよ……。

ともあれ「日本画を観るのは好きだけど、何となく観ているだけなんだよなあ」という人は必見。出品されているのはどれも珠玉の名品ばかりなので単純に鑑賞するだけでも十分ですが、ここで紹介されていることを知っているか知らないかで、今後美術を鑑賞する楽しみ方はかなり変わってくると思います。近代美術館や国立博物館の常設展示室が倍楽しくなりますよ! ※写真は美術館の許可を得て撮影しています。また、掲載している作品は全て山種美術館の所蔵品となっております。 展覧会は順路のとおりにほぼ時系列でその時を象徴する作品を追う作りとなっており、近代~現代日本画が戦争という節目を経てどのように変わったかを知ることができます。また、院展日展の画家でも分けられて展示されているので、(言い方はアレですが)それぞれの団体のしのぎを削るさまを見比べることも。

 

日展院展の違い※ そんくらい知ってるよ!って言われるかもしれないけど、私のような美術鑑賞初心者はあんまり公募展とか観ないと思うんですよ。私もずっと興味なかったので一応書いておくと……

日展はもともと「文部省美術展覧会(文展)」と呼ばれており、明治時代の文部大臣・牧野伸顕が、日本美術界レベルアップという名のもとに派閥調停も兼ねて作ったもの。こちらは政府が直接介入した公募展。現在対象ジャンルは日本画・洋画・彫刻・工芸・書の五項目。毎年秋に国立新美術館で開催される。川合玉堂鏑木清方東山魁夷が有名。

一方院展は、日本美術院の公募展のことで、こちらは現在日本画のみ。岡倉天心日本美術院が端を発し、一旦没するも文展にモヤモヤした気持ちを抱いていた横山大観下村観山が「もっぺん立ち上げよう」と再興。以降現在まで続いている。安田靫彦奥村土牛平山郁夫が良く知られています。

 

さて。展覧会は以下の2章構成。 第1章 近代の東京画壇 第2章 戦後の東京画壇

東京編第1章は松岡映丘《春光春衣》から始まります。

[caption id="attachment_1827" align="aligncenter" width="500"] 松岡映丘《春光春衣》 (山種美術館所蔵)[/caption]

このポジションに来るのはいつも、“展覧会を象徴する絵”と決めているそう。 今回の映丘も古式ゆかしいやまと絵の伝統技法を重んじながら、そこに斬新なトリミングを施すなど、“新しい時代を切り開きながら日本画の粋を高めていこう”とするその姿勢が展覧会のテーマにぴったりです。中ほどにも映丘の絵巻があるんだけど、細部までの描写がすごい。さすが学者一家に生まれただけあってがっちり時代考証やっているんでしょう。尚且つ気品もすごいんだ。

[caption id="attachment_1829" align="aligncenter" width="672"] 松岡映丘《山科の宿 雨やどり・おとづれ》(部分/山種美術館所蔵)[/caption]

これ描いたの37歳だって……。やばい、頑張らねばとアラフォー世代は身につまされますね……。 戦前の東京画壇で目を引いたのは小堀 鞆音《那須宗隆射扇図》

[caption id="attachment_1830" align="aligncenter" width="425"] 小堀鞆音《那須宗隆射扇図》(山種美術館所蔵)[/caption]

歴史画(武者絵)といえば小堀鞆音&安田靫彦師弟は有名ですが、もー武具の描写がめっちゃくちゃかっこいい。時代考証や取材をがっちりやってるだけあって、どうですこの鎧……?実は本展で一番好きなのは、この絵だったりします。

もちろん構図も素晴らしい。主役が背中を見せるこの特撮感たるや、たまらん!歴史画は院展が得意とするところだそうな。 続いてこちら、今をときめく渡辺省亭

[caption id="attachment_1832" align="aligncenter" width="672"] 渡辺省亭《葡萄》(山種美術館所蔵)[/caption]

省亭と言えば鳥がアイコンみたいな感じもしますけれど、ネズミも良いぞ!省亭推しの山下裕二先生もこのネズミが大好きだそうです。(もちろん鳥も出品されているぞ!)

そして忘れちゃいけない横山大観心神この絵がなかったら山種美術館は無かったと言っても過言ではありません。

[caption id="attachment_1833" align="aligncenter" width="768"] 横山大観心神》(山種美術館所蔵)[/caption]

ある時、創立者・山崎種二(山種証券:現SMBCフレンド証券 創業者)に大観が「ここらで何か世のためになること(文化的な活動)をしてみたらどうだろう?」と提案。種二はやんごとなき場所にしかない美術品を、一般の人たちも気軽に楽しめるような美術館を作ることを決意します。そこで「そういうことならばこの絵を譲りましょう」となったのがこの心神でした。そう、この絵は山種美術館が生まれた記念碑的な作品なのです。

大観作品で言うと心神の隣にいた《叭呵鳥》の「ム!」という感じもすごく好き。

[caption id="attachment_1835" align="aligncenter" width="576"] 横山大観《叭呵鳥》(部分/山種美術館所蔵)  「ム!」[/caption]

 

心神と同じような経緯で所蔵品となったのが小林古径清姫

[caption id="attachment_1834" align="aligncenter" width="672"] 小林古径清姫》(部分/山種美術館所蔵)[/caption]

道成寺のお話ですね。もともと巻子にする予定だった作品を8枚の連作として構成今回はそのうちの4枚が出品されています。院展出品後も手元に大切に持っていたこの作品、“いつ何があっても持って逃げられるように”と身近なところに置いていたため、染みが出た作品もあったそうです。それくらい大事な作品だったけど、山崎さんが美術館をつくるならと譲ってくれたわけですよ。もうね、山種美術館への大きな期待がその行動に表れているんだよ……! そういう話を知ってから観ると、なるほど連続する絵の上下幅が揃っている理由も分かるし、何よりその背景にあったドラマにグッとくるわけです。私、少年漫画脳だからそういう話大好きなんよ……。

ちなみにこの清姫修復を終えての初公開です。以前もきれいな作品だったんですが、修復後は透明感がやばい。シーンによっては透明を通り越して発光しているかのような輝きを持っているものもあります。あと髪の毛の描写がめっちゃ繊細だから見てくれ!!古径が線描を如何に重視していたかがわかります。

 

そのお隣にある速水御舟《昆虫二題(葉蔭魔手・粧蛾舞戯)》

[caption id="attachment_1836" align="aligncenter" width="768"] 速水御舟《昆虫二題  右:葉魔手 左:粧蛾舞戯》(山種美術館所蔵)[/caption]

こちら今回唯一写真撮影OKとなっている作品。山種の所蔵作品の中で奥山土牛に続いて二番目に多いのが御舟の作品なんですって。御舟は時代ごとにガラッと画風が変わるから蒐集するのが楽しいと思います。《葉蔭魔手》、絵の前でちょっとかがんで観るとわかるけど、蜘蛛の巣がキラキラ光って美しい。これは月光に照らされている状態を表現しているもので、対する《粧蛾舞戯》は火(太陽)を表現。そしてそれぞれ円心への集約放射状の拡散という構造対比も行っており、二枚の前に立つと不思議な感覚を味わえます。

1章のラストを飾る落合朗風《エバ》も気になるのですが、展示されるたびにじっと観てしまうのが川端龍子《鶴鼎図》。鶴が文字通り鼎談しているような構図の絵ですが、前にも書いたけどどうしても”三美神”の構図に見える。

[caption id="attachment_1837" align="aligncenter" width="576"] 左:川端龍子《鶴鼎図》(山種美術館所蔵)   右:ボッティチェリ《春》(部分)※こちらは展覧会の出品作品ではありません。[/caption]

龍子は西洋画も勉強していたから、ひょっとしてちょっと意識していたりするのかな……?と思ったり。そうそう、6/24から同館で川端龍子展」が開催されますね!副題にダンガンロンパよろしく「超ド級日本画と付いているのがめちゃくちゃ気になる……!!

 

第2章は戦後の東京画壇。いよいよ日展が開催されるようになり、スターがばんばん生まれていきます。日展ではのちに日展三山」と呼ばれる東山魁夷、杉山寧、髙山辰雄抽象表現や内省的な主題表現といった斬新なアプローチを展開し、新しい日本画の方向性を示唆。 一方院展では安田靫彦奥村土牛小倉遊亀らが活躍。古典を重んじつつ新時代にふさわしい革新を模索しながら、院展という伝統を継承し続けました。こうしてみると、それぞれ特徴を大事にしながら常に新しいことにもチャレンジしていってるという印象を受けますね。

一番最初に目を引くのが荒木十畝《四季花鳥》

[caption id="attachment_1838" align="aligncenter" width="768"] 荒木十畝《四季花鳥》(山種美術館所蔵)[/caption]

こちら、山種美術館の所蔵品の中でも一番の縦長サイズを誇る作品だそうです。とにかく色がすっごく綺麗。十畝は日展の画家。当時日本画壇では、琳派ブームがやってきていたらしく、琳派的な表現に西洋画の写実を加えて花鳥画を描いた作品が多く登場したそうですが、どことなく若冲動植綵絵も連想させます。 続いて橋本明治《朝陽桜》、山口蓬春《新宮殿杉戸楓4分の1下絵》、杉山寧《曜》

[caption id="attachment_1839" align="aligncenter" width="672"] 左:橋本明治《朝陽桜》   右:山口蓬春《新宮殿杉戸楓4分の1下絵》 (山種美術館所蔵)[/caption]

この3枚はまさに山種美術館設立の際に山崎種二氏が構想していた「やんごとなき場所にある作品を一般の人たちにも気軽に楽しんでほしい」という志そのもの。 一般の人たちは皇居の宮殿なんて入れないじゃないですか。だからそこに納められている優れた美術品を目にする機会は滅多にない。そこで種二氏は「同様のコンセプトの作品を作ってほしい」と作家に依頼しました。 橋本明治は「正殿東廊下の杉戸絵《桜図》」を《朝陽桜》に杉山寧は「春秋の間」のカーペット図案を《曜》の空に。そして山口蓬春はこの時すでに体調を崩しており、新作に着手することができなかったため、杉戸絵楓の下絵山種美術館が譲り受けました。

いやあ、もうね……。こういうエピソードも大好き。なぜここにこの絵があるのか、なぜこの絵なのかってことですよ。胸が熱くなるったらないです。

胸熱エピソード繋がりで言うと東山魁夷「京洛四季」《春静》、《緑潤う》、《秋彩》、《年暮る》も然り。

[caption id="attachment_1840" align="aligncenter" width="768"] 東山魁夷「京洛四季」
左より《春静》、《緑潤う》、《秋彩》、《年暮る》(山種美術館所蔵)[/caption]

特に《年暮る》は年末になると展示されているか問い合わせがくるほどの人気作品だそうですが、これも最初から4点揃っていたわけではないのです。 魁夷が川端康成から「今のうちに京都を描いておかないと、そのうちこの風景はなくなっちゃうよ」と言われて描き始めた本作。はじめに所蔵されたのは《春静》《年暮る》でした。その後魁夷は山種美術館の開館10周年記念に《緑潤う》を、「あとは秋があれば四季が揃うね」と、20周年記念に《秋彩》を描いて「京洛四季」が誕生したのです。もともと連作だったわけじゃないんだよ……。 種二氏は「絵の値打ちは作者である画家の人柄に負うところ大だ」として、画家と積極的に交流したと言います。そういう姿勢がこういう結果に結びついているってことだよね……。かっこよすぎやろ。 で、振り返ると奥田元宋奥入瀬(秋)》がバーンとあって(大きくて写真に納まらない!)、その前に設えてあるベンチでぼんやり眺めたりするわけなんですけど、ほんっと色がきれいなのよね。

こういう色ってどうやって出してんだろうなァ……って思った頃にタイミング良く画材の資料展示が出てくるんですが…… このチャートみたいなのを見ると分かるのですが、岩絵具って粒子が粗いと濃くなって、粒子が細かいとパステル系になるんです。知らなかった、てっきり色を混ぜてるんだと思ってたよ~なんて思っていたら、岩絵具って混ぜられないんだって!粒子だから混じり合わないので、一回塗って乾かしてから上に重ねて微妙な色は生み出されていくそうです。しかも粒子が沈んじゃったりするから描いて絵の具が乾いてみないことには、どんな色に仕上がるかは分からないという……。そんなギャンブルみたいなアレでこんなに綺麗な絵が描けるってすごくない?いや、経験と鍛錬からできる神業なんでしょうけど……

この画材展示を見てしまうと、もう一度作品をその観点から見直したくなります。

ちなみにこの展示の近くにある織田信長が敦盛を舞う安田靫彦《出陣の舞》は、教科書に載ることがよくあるそうです。また、前田青邨《腑分》は切手になったことも。見たことがあるって方も多いのではないでしょうか。

[caption id="attachment_1842" align="aligncenter" width="432"] 安田靫彦《出陣の舞》(山種美術館所蔵)  制作された年(年齢)を見て腰抜かす一枚[/caption]

 

今回第二会場は「受け継がれる歴代館長と作家たちの関係」ともいえる内容。 平山郁夫、横山操、加山又造の作品が展示されているのですが、どういう繋がりかというと、彼らは”四方山会(よもやまかい)”と名付けられた懇親会のメンバーなのです。 平山郁夫、横山操、加山又造、そして二代目館長・山﨑富治。4人とも名前に「山」がつくことから”四方山会”と名付けられました。 作家と積極的に交流をするというのは、初代館長の「絵の値打ちは作者である画家の人柄に負うところ大だ」という想いから受け継がれてきた姿勢。二代目館長もそれをずっと大切にされました。 そしてそのバトンは次の世代にもしっかり渡されます平山郁夫は現在の三代目・妙子館長東京藝術大学に在学中であったときの恩師。館長が大けがを負った際には励ましの言葉を届けるなど、作家と美術館という垣根を超えた人と人とのコミュニケーションがしっかり根付いているのです。

日本画の教科書」として近代から現代日本画のあゆみを鑑賞という体験で振り返る展覧会ではありましたが、それだけじゃない、なんというか、作品を通して日本画に生涯を捧げた人たちのあゆみを見た」、そういう気分になりました。

 

で、展示を観終わったら次に気になるのがカフェなのですが。。。 今回の限定和菓子はこの5種類! ツイートでも紹介しましたが、こんなに鮮やかな色が出てるけど、合成着色料一切使ってないからね!メニューは展覧会ごとに変わるし、前にピックアップされた作品だからといって以前と同じお菓子は絶対に出さないという徹底ぶり。あんこも胡麻餡とか柚子餡とか見た目や季節に合わせて変えてあるのでコンプしたいくらいです。お茶だけでなく、コーヒーとの相性も◎ https://twitter.com/nijihajimete/status/847311066526752769

展覧会が終わっちゃったらこのお菓子とも会えなくなっちゃうので、会期は逃さず、お菓子も逃さず、一期一会を大切にしましょう♡ 日本画の教科書」展、4/16(日)までだから急げ~!!!

 

日本画の教科書」東京編ー大観、春草から土牛、魁夷へー(公式HP) 会期:~4月16日(日) 月曜休館 会場:山種美術館 開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)

 

 

:追記: ショップでも大人気のこちらのチョコレート。今期は完売となったそうです。 また秋に復活するというので楽しみに待ちましょう~!

[caption id="attachment_1844" align="aligncenter" width="522"] 大人ビターなBean to Bar です。こちらのパッケージは速水御舟バージョン。[/caption]