雨がくる 虹が立つ

ひねもすのたりのたり哉

『オラファー・エリアソン 視覚と知覚』 先行上映イベント行ってきた

原美術館

2017年8月5日より、オラファー・エリアソンドキュメンタリー映画オラファー・エリアソン 視覚と知覚』が全国で上映されます。その先行上映イベントに行ってきたので、ネタバレしない程度に感想を書こうと思います。

[caption id="attachment_2113" align="aligncenter" width="327"] ©Jacob Jørgensen, JJFilm, Denmark[/caption]

 

オラファー・エリアソンという人を知っていますか?

現代美術が好きな方はご存知だと思いますが、古典美術が好きな方はご存じないかもしれません。けれど、この作品はどこかで目にしたことがあるのではないでしょうか。

 

こちらは2003年10月から2004年3月にかけて、イギリスはロンドンに在る近現代美術館、テート・モダンにて開催された「Whether Project」展の様子。もとは発電所であったこの建物。かつて発電原動機が設えられていた「タービンホール」に、突如巨大な太陽が出現しました。 この太陽を作ったのが、他でもないオラファー・エリアソンですこの展覧会で一気に知名度が上がったオラファーは、その後数々の大きなプロジェクトを成功させていきます。

……なーんて書くと、いかにも「オラファー・エリアソンに詳しい人」みたいに見えますが、私は詳しくないどころか、「影の光」展原美術館 2005/11~2006/3)も、「あなたが出会うとき」展金沢21世紀美術館 2009/11~ 2010/3)も観に行っていません。

ではなぜ、このドキュメンタリー映画が気になったかというと、2015年に開催された「シンプルなかたち」展(森美術館。あのとき展示されていた彼の作品に魅入ってしまい、なんだかんだで会期中5回くらい通ってしまった過去があるからなのです。

[caption id="attachment_2138" align="aligncenter" width="519"] 《丸い虹》(2015 「シンプルなかたち」展にて。写真撮影可でした)[/caption]

どんな作品かと言いますと、ただ円形の光が虹を伴って小さな部屋の中でくるくる回っているだけ。それだけなんですけれど、その回る速度と光の伸び具合がものすごく心地良かったんですよね……。あの虹を見ていると、無になれた(って書くと、怪しい宗教みたいだけれど)。

その時は「これを作った人はきっと、物静かで孤独な優しさを持った感じの人なんだろうな」と勝手に思っていたんですよ。そういう感じの作品だったから。 ……でもね、全然違った。オラファー、めっちゃ喋るアクティブな人だった。 息子のこと構いまくってたし、アイスランドの氷河の上で「今氷河の上に立ってるんだけどさー」って家に電話かけるし、リハが上手くいかなくてみんなの前では「こういうこともあるよ~」って笑顔を見せつつ、誰もいなくなったところで「やばいぞ……」って顔面蒼白したり、1ペニー(1セントコイン)見つけて拾って喜んだりしてた。

ほーーーん。こういう人なんけ。……と、想像を覆すお人柄が面白かったんですけど、そういうのはさておいて、すごいんだ、この映画。何がすごいかというと

“オラファーが視聴者に語りかけながら行う視覚的実験や、日本にほぼ文献がない彼の芸術論は必見。“視覚と知覚”、“自然と人工”、“理論と哲学”、“主観と客観”。さまざまな概念の境界線を、巧みな言葉で飛び越え展開される彼の理論は、芸術論にとどまらず、人間の本能を揺さぶるに違いない。 時間と空間ですべての観客を巻き込む、77分間の知的エンターテイメント。あなたには何が見えるだろうか。”(公式HPより抜粋)

 

そう。語りかけてくるんですよ。「オラファーが視聴者に語りかけながら行う視覚的実験」って書いてあるけど、「や」っていうか、77分間ほぼオラファーが視聴者に向かって喋ってる

つまり、これはドキュメンタリー映画であってドキュメンタリー映画ではない。 上映時間の77分間は、あなたとオラファーが「対話する時間」なのです。

 

 

オラファー・エリアソンってどんな作家?

この映画はオラファーを知らなくても十分楽しめます。 というのも、彼の作品をどうこう考察する映画ではなく、「映画を通じてオラファー・エリアソンという作家の理論や哲学を知り、オラファーの世界を体験しよう」的なコンセプトの映画だから。

とはいえ、ドキュメンタリーの感想なので、何をやっている人なのかくらいは書かないと意味がわからないですよね。なので簡単にご紹介。

オラファー・エリアソンは、1967年デンマーク生まれのアーティスト。現在はベルリンとコペンハーゲンを拠点とし、空間、光、水、霧などの自然界の要素を用いたインスタレーションを多数発表しています。 先にも述べましたように、2003年にテート・モダンの個展「The Weather Project」で一躍脚光を浴びました。日本でも彼の作品は度々発表されており、最近では瀬戸内国際芸術祭2016(直島)にて「Self-loop」を、そして来月(2017/8)開催のヨコハマトリエンナーレ2017では《Green light – An Artistic Workshop》という作品をひっさげての登場となります。

前知識はこれだけでオーケー。詳しく知っているに越したことはないけれど、これだけ分かっていれば観賞には何の支障もありません。(もちろん何も知らなくても何の支障もありません)

 

 

映画の内容

2008年、ニューヨークのイーストリバーに4つの巨大な滝が出現しました。

その名も《New York City Waterfalls》オラファー・エリアソンによるパブリックアート・プロジェクトです。 このプロジェクトは最終的に成功し、75億円以上の経済効果を生み出しました。また、55カ国、140万人が鑑賞することとなりました。

しかしそういったことは映画の中では語られていません。ある意味そういうのはどうでも良いという姿勢なんです、この映画。 この映画が描いているのは、オラファー・エリアソンはすごいぞってことではなく、オラファー・エリアソンという人が何を考えているのか、何を言いたいのかということ。それが、《New York City Waterfalls》というプロジェクトを軸に語られていくのです。(というか、オラファーが自分で語ります)

オラファー、同時に幾つものプロジェクトやったりしてるから、それも交えながら話しは進んでいくんだけど、どのシーン見ても基本的にこの人めっちゃ自分で動くんですよ。事務所は大所帯で80人くらいいるらしいんだけど、プロフェッショナルな部分(電気回路とか建築図案とか)はスタッフと相談しながら進めるんだけど、かなり危険な場所の運転とかロケハンとか全部自分でやるのね。「〇〇しておいて下さい」って指示出して自分はアトリエに籠る、みたいなのは一切ナシ。 だからこういう無茶な、「絶対に真似しないでください」的な撮影もやるんですわ。

[caption id="attachment_2123" align="aligncenter" width="692"] ©Jacob Jørgensen, JJFilm, Denmark
無茶な撮影をするオラファー。梯子の上から写真を撮っているのが本人。下は落ちたら絶対に助からない深さのクレバス。[/caption]

 

もうさ、こんなん明らかに危険じゃないですか。ドローン飛ばせば良いし、ドローンが無ければ機材だけ撮影できるように設置すれば良いんですよ。 じゃあ何でこんなことやってんのかって言うと、この人は危険を冒してでもこの空間と「対話」しようとしているんです。

そう、オラファーは基本目の前の全てのものと「対話」する。

空間とも、身の回りの人々とも、作品とも、今映画を見ているスクリーンに向かっている鑑賞者とも、全部と対話して生きてる。 で、なぜ対話しているかというと、目の前のものをきちんと見るためなんです。

 

映画の中でオラファーは鑑賞者を対象にいくつか実験のようなことをします。 「この紙を見て。いい?8秒間見てね。ポイントは紙の中心を見ること。じゃあカウントします。8、7、6……」と、このように語りかけてくる。

これね、実験自体は誰もが小学校の理科の時間にやったことがあるようなことばかりなんです。だから、さすがオラファー先輩!みたいなことは無い。でも、その実験結果に添えられた彼の言葉に誰もがハッとしてしまうんです。まるで世界の幅が一気に広がって見えるみたいに。

先ほど「上映時間の77分間は、あなたとオラファーが対話する時間なのです」と書きましたが、オラファー・エリアソンと対話するってことは、そういう感覚を得ることなんです。 77分間、次々とそういう感覚が湧きおこる。それってちょっと、すごくないですか?

[caption id="attachment_2131" align="aligncenter" width="640"] ©Jacob Jørgensen, JJFilm, Denmark
鑑賞者との実験を行うオラファー。たまに小道具がいうことを聞かなくて焦ったりする。[/caption]

 

 

オラファーにとっての対話とは

ここがこの映画の要だろうから、あんまり内容を書くとネタバレになってしまうので実際観て咀嚼してほしいのですが、オラファーが言うところの「対話」って、彼がアーティストだから重要としている感覚なのではなく、我々が普通に生活するうえで心に留めておくべき感覚なんだと思うのです。

オラファーの考え方、少しマインドフルネスと視点が似ているんですよね。 医療用心理学(心理療法)にもビジネスセミナーにも取り入れられているマインドフルネス。スピリチュアルの分野でも目にすることがあるので、なにかソッチ系なのかな……?と敬遠している方もいるかもしれませんが、心理学を生業としている人と話をする機会があったので尋ねてみたところ、本来マインドフルネスとは、「とりあえず今は目の前のことを見ましょう」という意味の思考テクニックなのだそう。

“Be mindfull.”

これは「気を付けてね」という意味ですが、マインドフルネスとはここから来ています。つまり、未来や過去のこと、まだ起こってもいないことに気を取られて歩いていると危ないよ。とりあえず今は歩くことに集中しよう。右を見て、左を見て、安全に道路を渡ろうね。という至極当前のことがマインドフルネス。“失敗が失敗を招く”のを防ぐのも、このテクニックです。

オラファーが言わんとすることのひとつは、この「目の前のものをちゃんと見よう」ということ。想像することも予測することもいいけれど、まずは世界を疑ってみて。そして目の前にある事象とちゃんと対話してそれを体感しよう。そこからリアリティが生まれるんだよ、ということなんです。

なにをそんな当たり前のことを、と思うかもしれません。起きていることこそが現実なんだから、それがリアルに決まってんだろと思うかも。

でも、本当にそれはリアルでしょうか? 見逃している側面はありませんか? これがリアルだと思い込んでいたり、決めつけていたりはしませんか?

オラファーは、世界が一面体ではないことを伝えるために作品を作っているのだと言います。鑑賞者が受動的にそれを知るのではなく、世界が一面体でないことを作品を通じて能動的に体感してもらうために制作しているのだと。 オラファーの作品に「Your……」というタイトルがつけられたものが多いのも、それ故なのだそう。

あるはずのないところに滝が出現したり、太陽が出現したり、自分の影を見たり、光を追ったり。そういった非日常的なフィルターを通して、普段目にしている世界を一度疑ってみる。そこで得た感覚を今度は日常にあてはめて、改めて世界を見つめてみる。 「同じ現実、違う世界。あなたには何色に見えるだろうか」 これは同映画のコピーですが、まさしくそういった意図が彼の作品には、そしてこの映画には込められているのです。

[caption id="attachment_2132" align="aligncenter" width="615"] ©Jacob Jørgensen, JJFilm, Denmark
息子とも対話を欠かさないオラファー。しかし時折スルーされてしまったりする……(泣[/caption]

 

 

《Green light – An Artistic Workshop》について

このイベントでは先行上映のほかに、アートライターの青野尚子さんと前述の「 あなたが出会うとき」展の担当キュレーター 黒澤浩美さん(現・金沢 21 世紀美術館チーフキュレーター)によるトークショーが行われました。その中で語られた《Green light – An Artistic Workshop》。

[caption id="attachment_2133" align="aligncenter" width="576"] 青野尚子さん(左)と黒澤浩美さん(右)[/caption]

《Green light – An Artistic Workshop》とは、今回ヨコハマトリエンナーレで展示されるオラファーの作品です。 これは難民や移民となった人々にワークショップを開き、そこで制作された「Green light」なる作品を販売して、その売り上げを難民支援へと回すプロジェクトをもとにしたもの。 オラファーはこのプロジェクトの前にも「Little Sun」という、電気の通っていない地域に太陽の形を模したソーラーLED搭載ランプを届けるというプロジェクトも行っています。(Little Sunについてはこちら→Little Sun  ※公式サイト/英語です)

[caption id="attachment_2134" align="aligncenter" width="576"] 《Little Sun》は普通に販売されており、最近ではモバイルバッテリー機能搭載バージョンも出ているらしい。ソーラー発電なので、災害時用にひとつ持っていてもいいかもなと思いました。[/caption]

これを聞くと、「なるほど。アーティストであり社会活動家なんだな」と思うかもしれないけれど、黒澤さん曰く、本人はあまり社会活動として意識していないみたいなんですよ。「オラファー/Green light」で検索すると、先のヴェネツィアビエンナーレで行われた同プロジェクトの批評も目に入るので、実際様々な問題をはらんでいることも事実なのですが、とりあえず目の前で起きていることを見たうえで、自分が一市民としてできることは何か?と考えた結果がこのプロジェクトであり、自分が社会を変えてみせるとか、社会活動家としてもやっていくみたいなことは考えていないそう。

映画の中で《Green light》については軽く触れる程度ですが、彼がどういうことを考えて作品を制作しているかを理解すると、Green lightというプロジェクトに行きついたことはごく自然であるように思えます。

あと全然関係ないんだけど、トークを聞いて「おお……!」と思ったのが、オラファーは作品を納める際に、「あとはちゃちゃっと組み立てて電源入れればいいだけ」の状態にして送るらしい。 会場と同じ規模のアトリエで完璧な状態(現地での調整がいらない状態)に作り上げておくらしいので、めっちゃ展示が楽だそうです……。

[caption id="attachment_2147" align="aligncenter" width="730"] ©Jacob Jørgensen, JJFilm, Denmark
《水の彩るあなたの水平線》(金沢21世紀美術館で開催された「あなたが出会うとき」にて展示)
これも完璧な状態で搬入されたそうです。劇中に制作シーンが出てくるんだけど、すっごい綺麗だった。観たかったなあ……[/caption]

 

この映画、見終わった直後よりも、時間が経つにつれてじわじわと効いてくる。良い話だとか面白かったとかそういうんじゃなくて、ある啓蒙的な(って言ったら誤解を招くかもしれないけれど)、観る前とは自分の中で何かが変わっている感覚。鑑賞して一週間経った今、改めてそれを強く感じます。手放しで大絶賛できる最高の映画!というのとはちょっと違う、「とある分野の人と食事をしながらいろいろ話して満ち足りた」時の感覚に似ているかな。 あの時間は良い時間だったなとしみじみ思える、そんな映画でした。

 

先に述べたように、8月4日から始まるヨコハマトリエンナーレに、オラファー・エリアソンの作品が展示されますが、可能であれば映画を観てから作品を観ると、自分が作品を通じて何を感じたのかがよりはっきりわかるようになると思います。(映画は8/5から公開)

今年のヨコトリのタイトルは島と星座とガラパゴス。これは「接続」「孤立」を意味しており、まさに今世界や社会が内包しているあらゆる問題を指すのですが、オラファーが活動するうえでテーマとしていることにもリンクしているので、今回彼が参加アーティストとして選ばれたのはとても内容に即しているなと感じました。

アートとは?対話とは?観察することとは? 難しく考えなくても大丈夫。オラファーとのおしゃべりが終わった後、ぜんぶストンとあなたの中に入ってくることでしょう。 オラファー・エリアソンとの77分間。とても貴重な体験でした。

[caption id="attachment_2135" align="aligncenter" width="615"] ©Jacob Jørgensen, JJFilm, Denmark[/caption]

 

オラファー・エリアソン 視覚と知覚』

公式HPhttp://www.ficka.jp/olafur/ 8月5日(土)より アップリンク、横浜シネマ・ジャック&ベティーほか全国劇場公開