雨がくる 虹が立つ

ひねもすのたりのたり哉

ミケランジェロナイトいってきた

@6次元

[caption id="attachment_499" align="aligncenter" width="2588"]ミケランジェロによるごはんメモ ミケランジェロが描いたごはんメモ解説の図
メニューに肉がないのは、イースター前の四旬節だったからかも?[/caption]

 

面白かったー! 2時間があっという間でした。

※先にかいておきますメモ: 9/21 朝11時から、ミケランジェロの特番あり!BS TBSにて。

国立西洋美術館の川瀬学芸員(あまちゃん・ミズタク似。異論は認める)と、TBS文化事業部の佐藤さんによる、現在上野西美で行われているミケランジェロ展についての解説トークショー。 川瀬さんは担当学芸員の方で、佐藤さんはこの展覧会の企画者。今回来ている貴重な品々は、物腰柔らかな佐藤さんのタフな交渉による戦利品です。 ミケランジェロが「神のごとき」であるならば、「(何から何までやってしまう)ミケランジェロのごとき佐藤さん」と私は呼びたい。

さて、今宵のトークショーで強く印象に残ったのは「未完の美」について。

ルネサンス期、彫刻家ではミケランジェロ、画家ではティッツィアーノがそれを追求し、試行錯誤したのが「未完の美」というテーマ。 私はそれについてはなんとなくの知識しかなく、ふーん・そういう言葉があるんだね〜程度だったのですが、約一年前、実際にミラノのスフォルツァ城にあるロンダニーニのピエタを見て「粗いんだけど、これからどんどん形が浮き上がってくる様子が見て取れるようだ」と、"途中であるにも関わらず作品としての強さを持っているもの"に感銘を受け、おぼろげながらこの作品における未完の美を意識するようになりました。

[caption id="attachment_500" align="aligncenter" width="224"]<ロンダニーニのピエタ> <ロンダニーニのピエタ>[/caption]

そしてこの夜、この話題。私はミケランジェロは意図的に、あたかも未完成であるかのような作品を完成品としていくつも遺しているのだということを知りました。

それは決して途中で飽きたというのではなく、「何もないところ(カオス)から、何かが生まれようとする様子」、まさに無からの創造の瞬間の状態を端的に表すのに最も適しているのが「未完」という形だから。 未完のような状態こそが、今まさにカオスから創造されるという状態の美しさを表せるのだという、まあ、現代アートでこれ言ったらキャプション芸なんじゃないのと一方で叩かれちゃったりするかもしれないアレなんですけど、たしかにロンダニーニのピエタを見ると「ただの石からなにかが今、かたちを持って存在を主張しようとしている」感じがするのですよ。 無と創造の間に蠢く命みたいなものが見えるんです。

ロンダニーニのピエタは文筆家でいうところの絶筆的なものだそうで、未完の遺作という呼び方も間違いではないそうですが、晩年のミケランジェロはこのスタイルを追求中だったとのこと、遺作とはいえ本当の意味で未完(=制作途中)というわけではないでしょう、と川瀬さんは仰っていました。(つまり、このあとくっきり彫る予定のものではなかったということです)

そんなに未完の美ってパワーあるもんなの?パッと見途中なんでしょ?という方のために、今回キリストの磔刑という作品が用意されているそうです。(なんと木彫。ミケランジェロは生涯2点しか木彫を制作していない。うち1点はミケランジェロに帰属の品?) こちらはもちろん「未完風」に造られた完成品。しかもミケランジェロ最後の作品。

[caption id="attachment_504" align="aligncenter" width="200"]<キリストの磔刑> <キリストの磔刑>[/caption]

こちら、裏面が彫られていません。 (展覧会では360度全方位から見ることができるそうなので、会場で確認することができます。) ミケランジェロの彫刻っていうとダヴィデのような完全丸彫りを連想しがちですが、レリーフ的な彫り方・つまり石の顔(表面)を見極めてそこに図像を描いて正面だけ彫るというスタイルも同じように大切にしていた人なのでした。

更に、そのレリーフのなかで代表的なものの一つとされる「階段の聖母」がこの展覧会では展示されています。

[caption id="attachment_505" align="aligncenter" width="211"]<階段の聖母> <階段の聖母>[/caption]

なんとミケランジェロ15才の頃の作品。そう、これが現存するミケランジェロ最初の作品です。 彼が工房に入ったのは他の作家に比べたら遅いほうなのだけれど(はじめは家柄上お役所関係の仕事に就くために学校に行っていたので)、弱冠15歳とは思えない技術と構図が確立されており、この1枚のレリーフから多くの意味を読み取れる、たいへん深い作りになっています。 この日お客さんとしていらしていた東海大ヨーロッパ史准教授・金沢百枝先生が質問コーナーでも仰っていたように、まさに聖母子像でありながらピエタであるとも取れる図像です。 (聖母子像では必ずと言っていいほどキリストは顔を上げているが、この絵は背を向けている上にマリアによって布を掛けられている) この辺の詳しいお話も、特番で流れるんじゃないでしょうか。

一般的にミケランジェロ彫刻っていったらダヴィデ&ピエタの二本柱で、ピエタっつったらサン・ピエトロのが有名だけど、前述のロンダニーニの他にフィレンツェパレストリーナもあるわけで、この人はピエタというお題が結構好きなんじゃないかな?と思いました。まあ、注文する側にとっても人気のお題ではあったんだろうけども。 そこに幼い頃に母を亡くしているというありがちな理由で結論づけるつもりはなく、磔刑とかそのあたりの受難的なアレに思うところあったんじゃないかな、と。この人がどういう宗教観を持っていたかとかはわからないけれど(どれくらい信心深かったのかとか、ドメニコ会の考え方にどれくらい同意していたのかとか)、ものすごい私的な考えとして、カリスマであったり普通に考えたらボコされるはずがない人がボコされるとか、泣きっ面に蜂みたいな目に遭ったりすることの意味やシチュエーションを深々と考えてしまう人だったんじゃないかな…という気がしないでもない。

 

あと、全然話かわるけど、個人的にこの人蛇っていうモチーフも結構好きなんじゃないかなと思うんです。 今回来ている「クレオパトラ」の髪の毛、髪の束と空中から突然あらわれる蛇とが重なる作りになっています。

[caption id="attachment_507" align="aligncenter" width="233"]<クレオパトラ>クレオパトラ>[/caption]

通説では当時フィレンツェで流行った「理想の女性」の髪型をモチーフにしているとのことですが、クレオパトラと蛇は密接な関係があるけれど髪の毛+蛇という文脈から、この素描を見るたび「メデューサぽいな」と思っており、それは神話からの影響の表れもあるのでしょうか?と川瀬さんに聞いてみました。 ラオコーンも蛇関連だし、そこから蛇に興味もったのかなと(古代彫刻。ミケランジェロはこのおっさんとおっさんの子供たちが蛇に絡まれて苦しむ触手プレイ的な彫刻を見ていたく感動したのだ)。

[caption id="attachment_508" align="aligncenter" width="235"]<ラオコーン> 作者不詳 <ラオコーン>
作者不詳[/caption]

川瀬さん曰く、ああ、たしかに蛇は良くでてくるかも!とのこと。 システィーナ礼拝堂の天井にも、空中からいきなり登場するかたちで蛇が描かれているそうです。

蛇はキリスト教でも神話でも重要な役割を持っているから、特別にどうのこうのというのは無いかもしれませんが、ミケランジェロの作品に見受けられる入り組んだり捻れたりする構図(美術史家の池上先生はセルペンティナータと解説されています)は、蛇の虜になってしまったからじゃないかなと思うのです。 神のごときと言われる彼もまた、実は蛇に拐かされた人間の一人なんじゃなかろうか。

ちょっと脱線しましたが、システィーナ礼拝堂を撮影した4K(ハイビジョンの4倍のすごいやつ)映像も先週からスタート。 礼拝堂内、煤で絵がまた汚れてきてるから実際見にいくと圧巻ではありつつもやや鈍い色に見えてしまうのですが、この映像は撮影時にしっかり照明を焚き(照明だけでも許可取るの大変だったろうなあ…)突き抜けるような美しさだそうなので期待大です。

川瀬さん・佐藤さん曰く、ミケランジェロについて全く知らないという人は少ないと思うけど、できれば幾つかの作品について軽く知ってからくると楽しめる展覧会になっているそうです。 素描が多いので、元の絵を知っているとあの絵を描くためにこの準備をしたのかと、プロセスが見えてくるという。。。とはいえ、誰もがミケランジェロの軌跡について理解できるような構成にしていると思うので、有名な彫刻と絵画あたりをサクッとなぞっておけば大丈夫だと思います。 制作過程を絶対に見せたがらなかったミケランジェロ。たった一人であの巨大なダヴィデやシスティーナ礼拝堂の壁画をどう創り出したのか。彼の制作の秘密を探る貴重な機会となりそうです。

 

システィーナ礼拝堂500年祭記念 ミケランジェロ展―天才の軌跡 会期:2013年9月6日(金)~11月17日(日) 開館時間:午前9時30分~午後5時30分 (毎週金曜日:~午後8時) ※入館は閉館の30分前まで