すみだ北斎美術館はその名の通り、葛飾北斎をフィーチャーした美術館です。
2016年11月に開館したので、もうすぐ2周年。妹島和世による建築が目を引きますが、墨田区のコレクションに加え、ピーター・モース・コレクションや楢崎宗重といった浮世絵研究者たちが形成したコレクションを擁する、充実度の高い所蔵品も魅力となっています。
長らく行方不明になっていた7メートル超の肉筆画《隅田川両岸景色図巻》が約100年ぶりに公開されたことも記憶に新しいですね。
※記事中の写真は、美術館の許可を得て撮影しています。
北斎の橋
さて、北斎と言えば《凱風快晴》や《神奈川沖浪裏》が有名。
どちらも大胆でありながらエキセントリックに偏っていないところが秀逸です。世界で愛されているのも納得ですね。しかし北斎のセンスが遺憾なく発揮されているのはこの2点だけではありません! それが一体どういうことか、本展を観るとよくわかるのです。
そう、テーマとなっている「橋」。この「橋」の描き方がすごい!
代表作である上の2点を凌ぐほどの構図が活きていると言っても過言ではありません。もうめくるめく驚異の世界。北斎の脳内ってどうなっていたんだろう……?(来年、森アーツセンターギャラリーにて開催される「新・北斎展」の告知チラシも、「波・富士だけが北斎じゃない!」と言っていますね。)
さて、世界の都市同様、江戸が栄えた要因のひとつには川がたくさんあることが挙げられます。川があるということは当然そこには橋がかかるわけで、江戸の町と橋は切っても切れない縁がある。墨田川東岸に住んでいた北斎にとって、橋は身近なモティーフだったのです。
私は土木関係にはまだまだ疎いのですが、それでも「橋」って面白いよなァと思ったりします。造りも地形に合わせていろいろ違うし、種類もたくさんあるし。
橋を渡ることについては様々な理由からあまり好きじゃないんですけど、北斎の橋を見ていると「お、渡ってみたい!」と思ってしまうから不思議。北斎はそういうの、ホントすごく魅力的に表現するんですよ。言うなれば鑑賞者のテンションを上げてくれる。
第1章では、そんな北斎が描いた橋を紹介。なかでも《諸国名橋奇覧》という有名な橋や物語に出てくる橋ばかりをお題に描いた作品は、いつまで見ていても飽きなかったですね。妙にメカメカしい橋とか出てきて、これ本当に江戸時代の絵?と笑ってしまいました。
いやほんと、いろんな橋が出てくるのです。ここまで描き分けられるってなかなかないんじゃないかしら。
そしてそれだけじゃないんですよ。北斎はランドスケープとしての都市やインフラを描くことにめちゃくちゃ長けている。これは本当にびっくりした。
アーバン・ランドスケープ浮世絵といえば歌川広重の《名所江戸百景》だと勝手に思っているんですけれど、北斎も負けてない。というか、広重とはちょっと視点が違うんです。
広重はとても写真的な構図を使う人で縦に収める構図に長けているんだけど、北斎は対岸から見ている感じの、横に視線を伸ばす構図が多い。絵の中の人に手を振りたくなるような、そういう視点を巧みに使うんですね。
1点1点隅々まで観るとわかるけれど、この圧倒的なセンスはやはり天才だと思う。長生きしてたくさん作品遺してくれて良かったよ……。
で、こういうのを1人で黙々と描いていたのかな~と思っていたらそうでもないんですね。なんとなく北斎は娘・応為と2人暮らしで、それぞれ黙々と絵を描いて、家が雑多になってきたら引っ越すのを繰り返していたイメージがあるけれど(私だけかな……?)、実際はたくさんの弟子を抱える人だったのです。その数、実に200人以上。
会場にも北斎の弟子による橋の絵が幾つもあって(やはり北斎と比較すると超えられない壁があるのですが)、昇亭北寿、魚屋北渓などは独自の路線を盛り込みつつ北斎の弟子として、そのテクニックや画風を上手く取り入れていました。
っていうか、魚屋北渓で検索するとかなりすごい作品が出てくるので、いつかまとめて観てみたいな。アバンギャルドな匂いがするぞ……。
そう言えば、北斎はコンパスと定規で描ける絵を絵手本集として出しています。人やら動物やら、多くの絵手本が存在する。
ご多分に漏れず「橋」バージョンもあって、それがこちら。
図を簡略化・記号化させておけば、誰でもある程度は形がとれる。これ、以前NHKでやっていた「北斎インパクト」という番組でも紹介されていましたね。
【北斎インパクト】オランダから依頼され、北斎が西洋の画材で描いた肉筆画(シーボルトが持って帰った)。この時、コンパスを用いて丸と直線だけで絵を描くことを試みたり、遠近法もあわせて学んだりした。
— 虹はじめてあらわる (@nijihajimete) 2017年10月7日
その先でたどり着いたのが富嶽三十六景だそうな。 pic.twitter.com/R2QzVhO9xt
北斎は他にも『北斎漫画』や『諸職絵本 新鄙形』にて、橋の描き分けを一覧にしています。こうやって見ると、状況や目的は違えど誰でもそれっぽく描けるようにと絵をパーツ化させて組み合わせることを考えたクラナッハを思い出す。
北斎は絵師としてだけでなく、かなり幅広くエポックメイキングな活動をしていたんだな。
すみだの橋
さて、本展のタイトルは「北斎の橋、すみだの橋」。いよいよ第2章からは「すみだの橋」に迫ります。まず初めに、北斎による墨田川、とくに両国橋が多く登場。
もうね、墨田区民はマスト。ぜひ観るべき。
自分が住んでいる街の昔の姿を、北斎先生がたくさん描いていたって素晴らしいことですよ。なんなら北斎も元墨田区民。区内で引っ越ししまくってたほど、墨田区愛がすごかった。
北斎以外にも歌川広重や前述の魚屋北渓、歌川国芳などが両国橋を描いているのでぜひ比べて観てみましょう。そうするとわかるんだけど、北斎の描く両国橋、いつも人口密度がめちゃくちゃ高いんですよ。ほかの人はそうでもないのに。なんだろう、賑わってるイメージだったのかな? なんかもう、拡張工事したほうが良いのではってくらいめっちゃぎゅうぎゅうになってる。
こういったメジャーな橋は、姿こそ違えど今も残っています。
第2章では、江戸から明治へ橋の姿が代わっていくところを追い、さらには現代へと時間を旅していきます。
図録を見ると、最後の浮世絵師とも呼ばれる小林清親が抒情的且つジャーナリスティックな視線で両国橋の火事を描いていました。そうよな、これだけ長い歴史があったら、こういう事件のひとつやふたつあるわな……。
また、江戸時代から描かれている墨田川の花火大会は変わらず人気のお題。幕末の動乱期には開催が見送られていたそうなので、再開に喜んだ人も多かったことでしょう。花火の表現がえらいことになっていました。
────で、ですね。
ここからいきなりドボクまっしぐらになるんですよ。
今までのはジャブだと言わんばかりの、ゴリッゴリの土木ネタが一気呵成に攻めてくる。といっても、土木クラスタ向けの内輪ウケを狙っているわけではなく、隙あらば万人を土木沼に引きずり込もうという魅惑の展示です。
墨田区に架かっている橋を北斎や広重をはじめとする浮世絵師の作品で見せつつ、近代の設計図や写真などの資料を使って時代を超えて変化する様子を解説。
中には絵葉書などの記念品も展示されていて、これ、今も家にあるっていう人もいるのでは……?
ある意味ローカルネタと言えばローカルネタなんだけど、それでも自分の住む場所がここまで豊富な資料で語られるというのは、別の土地に住む者から見ると羨ましい限り。
そうそう、豊富な資料と言えば、本展の図録がかなり本気のデータベース仕様になっていました。こんなふうにキャプションがついているのだけれど、解説をみると完全に橋オタの世界。
現存しない橋の解説もしっかりあって(”廃橋”というらしい)、こういった記録が一冊にまとめられているのは重要だなと思ったのでした。
常設展へ行ってから企画展へ行くべし
さて、すみだ北斎美術館には常設展のスペースがあります。
「北斎の橋 すみだの橋」を観る前に、ぜひ常設展に寄ってみてください。版画が摺られる様子、そして北斎という人物について知ることで、企画展の見どころが何倍にも増えます!
常設展は一部を除いて撮影OK。
江戸時代のベストセラー『北斎漫画』の展示もありました。(※この時代の”漫画”とは、気の向くままに描いたものという意味。今でいうマンガとは違った意味を持ちます。)
墨田区民と土木クラスタはもちろん、江東区の人や台東区の人にも観てほしいし、総武線と京成線使ってる人にも観てほしい! 地形はそんなに変わっていないため、いつも見ている景色が浮世絵の中にタイムスリップしたようで、とても面白かったです。
「橋」に特化した展覧会というのもなかなかないと思います。
浮世絵を楽しみながら、歴史も建築も一緒に味わうことができる展覧会をお見逃しなく。
概要
「北斎の橋 すみだの橋」
場所:すみだ北斎美術館
期間:~11/4(急げ!)
時間:9:30~17:30 ※入館は17:00まで
休館:月曜日
公式HP:http://hokusai-museum.jp/