古くから人は花を愛で、その姿に「美しい」、「きれいだ」などの気持ちを抱いてきました。「美しい」とか「きれいだ」と思うとき、同時に胸の中をあらゆる想いが去来します。“あらゆる想い”は、例えば郷愁だったり愛おしさだったり、はたまた畏敬だったりするのだけれど、上手く言葉にできないことが多い。それでもなんとかしてその想いを表現できないものかと、人は音楽や物語、詩、写真、そして絵など、さまざまな手段を用いて試行錯誤してきたのでしょう。
花の絵を観るたびに、私は画家の“言葉にできない あらゆる想い”を垣間見た気持ちになります。
言葉ではうまく表現できない想いが、線に、余白に、色に、乗せられている気がしてならないのです。
「花 * Flower * 華 ―琳派から現代へ―」展は、そんな想いに満ちた展覧会。
(※写真は美術館の許可を得て撮影しています/※作品は渡辺省亭《牡丹に蝶図》(個人蔵)をのぞき、すべて山種美術館所蔵です/※文中に出てくる狩野山楽・山雪の《朝顔図襖》(天球院蔵)は参考作品であり、今回の出品作品ではありません)
山種美術館は毎年この時期、花や桜にちなんだ展覧会が企画されるのだけれど、今年は「花*Flower*華」と題して四季の花をテーマに開催。約60点の作品から春夏秋冬の自然美を味わうことができます。 入ってすぐのボードからして嬉しい。ポスターにもなっていますが、田能村直入の《百花》が出てるんだなってわかった時点でテンションが上がる!
展示は春夏秋冬の4章+2章(花のユートピア/魅惑の華・牡丹)の計6セクションで構成され、錚々たる顔ぶれによる、江戸時代から現代まで選りすぐりの花鳥画を楽しむことができます。
新年度忙しくてまともに花見ができなかった人、ゴールデンウイークはインドアだった人、見逃した草花をここで取り戻すことができますよ~。
第1章:春―芽吹き
まず第1章「春―芽吹き」。 春で山種とくればこれを観なければ始まらないという奥村土牛《醍醐》。こちらは土塀の黄土の暖かさと桜の淡い色がたまらない組み合わせ。ほのかに春めいてきたころの日差しそのものが描かれていて、なんともリラックスしてしまいます。
この桜色は綿臙脂(コチニールという小虫の色素を綿にしみこませたもの)と胡粉を混ぜたもの。綿臙脂、ググると結構ぎょっとする赤なのですが、胡粉と合わせることでこんなにふんわりした色になるとは。ちなみに幾層にも塗り重ねてこの色を出しているそうな。 現在は綿臙脂自体あまり使われることはなくなったそうで、そういうところにも土牛のこだわりが見て取れます。
このほかに、横山大観の《山桜》、渡辺省亭の《桜に雀》など、全体的に派手にはせずに、落ち着いた華やかさを持った作品群で展覧会は始まります。ちなみに省亭の雀ちゃんは目がとても色っぽい。ディズニーが描く動物のように表情豊かなんだけど、かわいいっていうより色香がある。小料理屋を営む美しく優しい和服未亡人おかみのような瞳なのだ……。
自分の中で大ヒットだったのが石田武による《吉野》。最高でした。吉野に桜を観に行った人ならわかるけど、幾種類もの桜色が深い緑とともにあって、その奥で靄がたなびいている、まさにあの山の風景がありました。桜のほかにもチューリップや木蓮など、春を代表する花を紹介。
第2章:夏―輝く生命
続いて第2章は「夏―輝く生命」。 この章が今の季節に一番近いかもしれません。 バラやガーベラ、菖蒲に杜若、芍薬、そして蓮に向日葵、朝顔などなど……今回一番充実しているのが夏。その中で好きだなと思ったのは小林古径の《蓮》でした。
蓮自体好きな花のひとつではありますが、この絶妙なトリミングと配置。
左の蓮、全部入れるでも半分切るでもなく、あとほんの少しのところをカットして納めるところ最高だし、全体的に左側にモチーフが寄っているのに葉の表面(濃い緑の部分)を大きく見せることで右側に重さを取って左右のバランスを図っているところなんて唸るしかない。日本画の醍醐味のひとつはこうやって色や余白を上手く使っての画面構成の妙だと思うのですが、やはり作者のセンスによるところがとても大きい。
ところでこの蓮の絵、左下から時計回りに花が開いていくように描かれていますが、これは東アジアの蓮図に多く見られる表現で、その伝統をよく踏まえて制作されているのだとか。今後蓮の絵を観る時はそこにも注目してみようかな。
また、福田平八郎によるグラフィカルな《花菖蒲》も面白い。パッと見ると花は2つしかないんだけれど、下の部分を見ると3本分の葉があるところがトリッキー。尾形光琳の燕子花を意識しつつ、花は光琳よりも写実的に描いていました。
山口蓬春の《梅雨晴》は他の絵に比べると少し変わった趣。余白がきっちり塗られているからでしょうか、はたまた色やタッチがすこし油彩っぽいからでしょうか。実は山口蓬春、中学生のころから西洋画を学んでおり、大学で日本画に転科した人。
師事したのが「新しいものを取り入れつつやまと絵を復興させるぞ!」の松岡映丘だったから、カルチャーショックもさぞや大きかったことでしょう。ちなみに蓬春の《梅雨晴》は今回のイメージ和菓子になっています!
第3章:秋―移ろう季節
さて季節は変わって第3章、「秋―移ろう季節」へ。 いやあ、もう、ダントツで酒井抱一の《秋草図》が表装含めて好きだったんですけど、秋なのに朝顔?って思うよね。そうなのです。秋の草花関係で朝顔が登場することって結構あるのですが、夏秋草図ならわかるし、確かに9月に入っても朝顔普通に咲いてるけど……でも、どっちかと言えば朝顔は夏だよな⁇と思っていたのですが、昔は秋の七草に桔梗ではなく朝顔を入れることがあったのだそう。
抱一作品は《秋草図》のほかに《菊小禽図》もこの季節のものとして並んでいますが、こちら儒官でもあった亀田綾瀬の賛が記されており、同じように綾瀬の賛を持つものを山種美術館で2図、ほかにこれの別れであろうものが細見美術館とファインバーグ美術館にも存在することから、これは12カ月揃いになっていたものなのではないか?ともいわれているのだとか。
そのほか、速水御舟の《桔梗》も良いです。水墨と着色(葉の部分を緑青)を併用しており、何度観てもかっこいい。下方からだんだんと色がはっきりしてきて、ともすればバランスが上にばかり乗って頭でっかちになるはずなのに、それを感じさせないのはすごいよなあ。ちなみに39歳の作品ですが、御舟は早逝のためこれは最晩年の作。
第4章:冬―厳寒から再び春へ
そして最後の季節、第四章は「冬―厳寒から再び春へ」。 その名の通り、梅で締めくくられているので春の訪れを感じさせる章となっています。 この章で気になったのは《竹垣紅白梅椿図》(作者不詳)。こちら本展で一番古い作品だそう。
この、左隻と右隻でリズムが異なる様子は光琳の《燕子花図》を彷彿とさせ、こういったセンスは京都で培われたもの……という説明を聞いてから絵を観て思い出したのが狩野山雪/山楽による《朝顔図襖》。
これ↑も垣根なんですが、右側のみっちり感といい、左へ伸びていく感じといい、垣根系ってこういう風に描かれることが多かったのかしら。これも17世紀の作品だし、もしかしたらこういうの流行ってたんだろうか?まあ、どちらかというとこれは其一の朝顔図屏風っぽいか……。 ともあれ《竹垣紅白梅図屏風》、よく見るといろんな鳥がいて、鳴いたり食べたり姿も様々でかわいらしい。
また、再会が嬉しかったのは牧進による《明り障子》。会場で観ていてだければどれだけ可愛い作品か分かると思うのですが、この雀、ピー太という名前がついているそうで(何羽もいるのでどれがピー太かはわからなかったのですが……)、作家曰く「……大好きな水仙を部屋より眺めているうちに、ピー太とのコラボになったというわけです」。 “ピー太とのコラボ”……もうこのコメントだけでも可愛すぎて泣ける。いや、ホント可愛いので小鳥好きはぜひ。そうそう、この作品に植えられている水仙も、配置のリズムが光琳の燕子花を髣髴とさせました。
さて。ここで四季は一旦終わるのですが、「花のユートピア」と「魅惑の華・牡丹」がまだ残っているんです。で、この2つがすごい。
まず「花のユートピア」。 田能村直入、ここに分類されてた!たしかにユートピアだわ……。本当に《百花》とはよく名付けたもので、巻子をワーっと開いていくと、ぶわわわわっていう勢いで花びらが今にも舞いそうなほど!香りが漂ってきそうなほど!華やかなのです!!
この画面を埋め尽くすように花を描くという構図は、中国は清の時代に流行った表現方法だそうで、よくぞそれを取り入れてくれましたありがとう、と言いたくなるほど好きな作品。ああ、この絵巻が終わらなければいいのにと思うくらい素晴らしい花の絵が続いている。写真ではその美しさが伝わらないので、これは(というかもちろん他のものも)現物を観てほしい……。 こちらはチケットホルダーとして商品化されており、ミュージアムショップで購入可。素材に細かいラメが効いていてとても上品な仕上がりになっています。私も持っていますが、大きめなのでちょっと長いチケットでもいける優れもの。お土産にも喜ばれそうです。
そして酒井鶯蒲《紅白蓮・白藤・夕もみぢ図》の三幅対。
こちらは本阿弥光甫(光悦の孫)作品の酒井鶯蒲(鶯蒲抱一の養子)による写しです。今回修復されてより美しく鑑賞できるようになったのですが、裏打ちを外した際に、なんと“落款を消したような跡”が発見されたという……!
光甫の“隠し落款”のような印章はそのまま写していることから、完璧な模写としたかったのかもしれません。ほかにも修復時に藤の花は絹本の上に紫色を施して、その上に胡粉を塗っていたことが判明したという発見があったそう。他の美術品もそうですが、修復の際に様々な発見があるというニュースを聞くと、修復とは文化財を修理したり長持ちさせるためだけじゃない、多くの意味を持った作業なんだなと改めて思いますね。
また、鈴木其一の《四季花鳥図》はめっちゃ輝いているので存在感がものすごい。いい絵の具を使っていたのでしょう、今なお鮮やかな色彩が眩いです。
不思議な正方形の屏風。右隻を春夏、左隻を秋冬に配置しているのですが、この手前から地続きになって中央で放射状に広がる構図は独特でした。同じ琳派でも抱一は自然を尊重した優しいまなざしが印象的ですが、其一は自然を描いているのだけれど自然から乖離した奇妙さのようなものを絵に込めている気がします。山種美術館の顧問としても活躍していらっしゃる山下裕二先生も「其一は自然に対して冷静だ」と仰っていたけれど、そのあたりの感覚は光琳ととても近いように思えました。ところで日本の屏風は六曲が多いけれど、琳派は二曲のものが多いそうですよ。
まるごと一室「牡丹」部屋と、新たな発見の話
さて残るは第二会場。個人的にはこの第二会場を「牡丹部屋」としていたのが好印象でした。 この部屋、第一会場に比べてかなり(照明が)暗めなのですよ。で、いつも妖艶な作品や荘厳なテーマのものが展示されているのだけれど、今回はぐるりと牡丹。 牡丹、派手で威厳があるけど清らかなんです。それが薄暗い中で「ぽ」っとスポットで照らされているのを見ると、もう何とも言えない気持ちになるわけで。 だって第一会場で他の花と一緒に明るく飾ることもできるのに、敢えて牡丹ばかりを集めて照明を落とした小部屋でやるっていうのが、そしてそれが第二会場でその気持ちを抱えたまま帰るというのが、なんというかね。最後の最後で「花」の深淵を見せられた感じがして、「そうだ……花ってお上品だったり可憐なだけじゃないんだよな……」と、しみじみ思いながらロビーへ向かう階段をのぼりました。
この部屋でひと際目立つのが、加島美術での渡辺省亭展で観た方も多いであろう《牡丹に蝶図》、そして先ほどの絢爛な屏風が印象的だった鈴木其一の《牡丹図》。
で、其一の《牡丹図》。こちら、先の屏風や他の其一らしい作品と比較してかなり写実的に描かれています。今までは大徳寺高桐院の伝銭選の《牡丹図》双幅等、様々な中国絵画に影響を受けて描かれたのかな?と言われてきたのですが、このたびそういった断片的な影響ではなく、これほぼほぼ同じじゃね……?というレベルの作品(元ネタ)に行き当たったのです!!―――っていうストーリーも併せ持って展示されています。
この話、今回の図録(というか名品集。出品されていない絵も掲載)に山種美術館の学芸員を務めていらっしゃる塙 萌衣氏による論文として掲載されているのですが、元ネタなのでは?とされる伝趙昌《牡丹図》に行き当たるまでの緊張感、そして行き当たってからのスピード感を伴った考察は読ませる読ませる……。 「でも図録って大きいし、重いんでしょう?」と思っておられる方、心配ご無用。こんなにコンパクトな上に、巻末に《百花》のぬり絵もついていました。
そうそう、今回から会場でイメージ和菓子になっている作品がどれなのか分かるようになりました。気に入った絵が和菓子になっているかチェックするもよし、絵のどの部分が和菓子のモチーフになっているか予想しながら鑑賞するもよしです!
今回の和菓子はこちら。初夏らしい涼し気なチョイス。
また、和菓子と併せて好評なのが「撮影OK」コーナーです。
最近始まった企画だそうですが、好評のため今回も続投。なんと酒井抱一の《月梅図》が撮影可能となっています。
振り返って思うのは、冒頭に書いたように画家たちの“言葉にできない あらゆる想い”が、そのまま絵になっていたなということ。その人にとってこの花はこう見えていたんだ・こういうイメージを抱いていたんだと感じながら鑑賞すると、画家の心が少し見えてくるような気がしました。
春は過ぎ、まもなく梅雨がやってきます。そしてその後に夏、秋、冬と、めぐる季節を今年も一年、絵の中の草花同様楽しむことができますように。
概要
【企画展】花 * Flower * 華 ―琳派から現代へ―
会場:~6月18日(日) 月曜休館
会場:山種美術館
開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
日本画の専門美術館 山種美術館(Yamatane Museum of Art)