雨がくる 虹が立つ

ひねもすのたりのたり哉

教科書の小説が個人に与える体験について

 昨日、このようなツイートをしたところ、なかなかの反響があった。


 品も知性もあったもんじゃないツイートで恥ずかしいが、言いたいことは言えたと思う。
 引用させていただいた元のツイートは、「ダイヤモンド・オンライン」の記事に則したもので、高校の国語(現代文)の教科書の内容は、実用文中に重点を置いた「倫理国語」と、小説などの文学作品中心の「文学国語」のいずれかを選択する方向で文科省は考えを進めており、大学入試は「倫理国語」で学ぶ文章を出題する傾向になる、というものだった。
 例に挙げられていた実用文として「駐車場の契約書」や「取扱説明書」などがそれにあたるらしい。

diamond.jp

 確かに現代文などの「気持ちを答えよ系の設問」で点数を決めるのは難しいなと思うこともあるけれど、だからといって駐車場の契約書を読めるかどうかで文章読解の能力を決めるというのは、いささか見当はずれな気がする。

 個人的な感想になるが、教科書というものは謂わば避けようのない媒体であり、それを半強制的に読むことで、普段の自分だったら絶対手にしないジャンルの話や作家に触れる機会を得ることができるものだと思っている。
 上にも書いたように大学入試は「倫理国語」から出題する傾向となるようなので、(遠い将来はさておき)数年後という近い将来のことを考え、仕方なく「倫理国語」を選択せざるを得ないケースも出てくるだろう。それはあまりにも勿体ないと思う。
「勿体ないよなあ」と思っていたら、私の明け透けな吐露(ツイート)に対し、リプライや引用リツイートという形で、多くの方が「教科書に載っていた小説で得た体験」を語ってくれた。

 各人が語る極めて私的なそれらは、まるで清廉な星の光のように美しい物語で満ちていた。
 ひとつひとつの小さな星があちらこちらで光っていて、それが一面に広がって、巨大な夜空のようだった。

 あくまで個人的な体感だが、1,000リツイートを超えると、様々な意見が寄せられるようになる。中にはクソリプと呼ばれる種類のものもあるので、だいたいは通知を切ったり、ミュートを設定したりするのだけれど、今回ばかりは読まずにいるのが惜しくて、すべての通知を読んだ。笑ってしまうものや、大きく頷いたものがあった。切なくなるものもあった。涙が出そうなものもあった。
 文学が人に与えた影響の姿を見たと、心打たれたのだった。

 高校生になるとやや難しい話も出てきたりするけれど、そこには沁み入るような表現や言葉が使われることも多い。なんと表現して良いかわからなかった心の内を、こうやって表すのかと霧が晴れたような思いを経験した人も多いはずだ。そして長く、やや難解なそれを自分の力で読めたことの達成感や喜び。掲載の都合で省略された物語の前後が気になり、書店や図書館で手に取ったところから、どんどん読書の世界は広がっていく。
 お気に入りの作家が見つかる。作品を読みつくしてしまったら、新たな作家を探す旅に出る。
 或いはひとつの物語に衝撃を受け、その後の人生に大きく影響したという人もいるだろう。「思えば今の趣味趣向は、あの時読んだあの話がきっかけだった」ということもあるんじゃないかしら?

 小説には、そういった魔法のような、または呪縛のような力がある。
 そして、1学年の教科書につき1つ、戦争の話が収められている。これもとても大切なことだと思う。

 そう言えばどなたかが「教材に取り上げられると精読する。これは趣味の読書とはまた違った、貴重な体験」と仰っていたが、確かに大人になるとこういった読み方がなかなかできない。そういった意味でも、「文章を読み取り理解する」力は、教科書における小説でも十分に養われると思う。さらにはそこに書かれた情報から、情景や状況、心の機微といったものへの想像力も培われる。
 結局、契約書も取扱説明書も、そこに書いてあることを自分の状況と照合して理解していくことなので、まあ斜め読みしても地雷避けができるなどのテクニックは習得できるかもしれないけれど、根本の「読み・理解する」という行為はその他の文章を読むのと同じことだと思う(むしろ小説には、契約書の落とし穴の話なんかも出てくるしね。というのはちょっと意地の悪い言い方か)。
 それこそ「甲」とか「乙」とかって一体何なんだというところから教えてもらえば、スタート地点の底上げはできると思うけれど、そのために文学を国語から切り離す必要はないんじゃないかな。

 そうそう、教科書だけではなく、テストの問題文として出てきた小説に惹かれすぎて進路を変えた方や、模試で出題された話に惚れ込んで「模試に感謝している」といった方もいらした。うーん、わかる。運命すら感じる、素敵な体験ですよね。

 寄せられた個々の美しく、時に切ない物語を読むにつけ、そんなことを思ったのでした。

 

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