雨がくる 虹が立つ

ひねもすのたりのたり哉

特別展「皇室ゆかりの美術 ─宮殿を彩った日本画家─」行ってきた

山種美術館

 

f:id:nijihajimete:20181218011344j:plain

思えば今回ほど山種美術館にふさわしい展覧会もないのでは?

初代館長・山﨑種二が横山大観から「ここらで人のためになることを始めてみてはどうか」と言われて美術館を設立する決意をしたというのは有名なエピソード。

その種二は皇居宮殿を飾った作品を目にする機会を得て「皇室などに納められているような優れた美術を、広く国民が目にすることができるようにならないものだろうか……」という願いを持っていたという。

それを受けて今回の展覧会タイトルを振り返ってほしい。

まさに私たち一般の人が気軽に観ることができる「やんごとなき美術品」。本展は、そんな思いをダイレクトに反映した展覧会となっていた。

※美術館の許可を得て撮影しています。

 

 

 

 

本展の見どころ

本展の見どころは以下の3つ。

1. 初公開作品を含む秘蔵の皇室ゆかりの美術品をご紹介!

2. 4年ぶりの一挙公開。宮殿にちなんで制作された山種美術館所蔵の日本画で宮殿空間を体感!

3. 帝室技芸員の作品をまとめて鑑賞できる貴重な機会!

 

────と、こういった感じなのだけれど、要するに皇室に納められていた(そして下賜された)品を鑑賞できるよというのと、皇室が認めたマイスターたちによる作品が堪能できるよというのと、「宮殿にちなんで制作された山種美術館所蔵品」が一挙に展示されているよ、ということですね。

 

これ、それぞれ違った視点で皇室の美術品をじっくり味わえるという点でも、とても秀逸な章立てだった。ただ単に作家ごとに作品が並べられているだけだと「ふーん。さすがだね」で終わってしまうんだけど、上記3点を章という形でカテゴライズしてあるから作品の持つ意味・バックグラウンドがとても分かりやすい。

そして明治以降の重要な作家が網羅されているので、彼らについてもこの機会に一気に学べてしまうところが大変ありがたかった(私はものぐさなので)。

 とくに今後近代美術、とりわけ工芸を観るにあたり、帝室技芸員については知っておいて損はないと思います(東京国立博物館の常設展の楽しさが増します!)。

 

いろんな意味で皇室が熱い

今年は新宮殿(現在の皇居宮殿)完成50周年という節目の年。

加えて「平成最後の〇〇」などと言われるように、元号がもうすぐ変わるときでもある。

つまり、いろんな意味で皇室が熱い

そんなわけで「皇室の美術品についてちょっと勉強しようかな」と思っていた矢先にこの展覧会。
先に述べたように私はものぐさなので、自分からいろんな資料を繰って学ぶよりもこういったプロの手によって編まれたものから吸収したほうが絶対質が良いし、なにより早い! と思っており……。今回はがっつり観てやるぞという気持ちで挑んだのだけれど、その内容の濃さに鑑賞後は軽く運動したくらいの心地よい疲労を感じた。
展覧会自体はコンパクトなんだけど内容がとても濃いので、がっつり吸収したい人はメモの用意をして行くことをオススメします。得るものがとても多いので。

 

さて、会場には山種美術館所蔵の品以外にも他館から借りた貴重な作品がたくさんきている。

第1章は「皇室と美術-近世から現代まで」と称し、近世から現代にいたる皇室と美術の関わりの中で作品が生まれ、伝えられてきたことが紹介されていた。

写真の撮れないものが多いのだけど、この章では天皇が直々に筆を揮った書」や、現在でもおめでたい饗宴にて配られる小さなお菓子入れ「ボンボニエール」など、おおむねそういった「写真は撮れないですよね、わかります」という高貴なもので固められている。

ここで目を引いたのが高松宮家伝来禁裏本。なにやら字面からして極秘文書のような趣だが、こちらは「中世の天皇が蒐集した絵画作品の中から、宮家によって近世から現代へと伝えられたコレクション」を指す。

なかでも土佐光信による《うたたね草紙絵巻》国立歴史民俗博物館蔵)は、姫君と左大将が夢の中で恋に落ち、なんと石山寺参詣を機に結ばれるという、小沢健二の「ラブリー」を地で行くBoy Meets Girl系ストーリー。これは当時相当な人気を博したんじゃないかしら? と思いながら微笑ましく拝見した。

 

そして今回一番好きだったのが川端龍子《南山三白》宮内庁三の丸尚蔵館蔵。12/16で展示終了。現在は前田青邨の《唐獅子》が展示中)。
まさに会場芸術のメインストリームといって違わない作品なのだけれど、どうよこの鹿の瞳! 龍子のすごいところは、これだけ大きな作品でも勢いがずっと保たれていて、まるで一陣の風が抜けるように見えるところだろう。

ちなみにこちらは吉祥画であり、瑞祥の「白」を白雉、白鹿、白百合で表現しており、タイトルにある「南山」は「南山之寿」、「終南山」という長寿の願いを表しているということでした。

 

また、竹田宮家旧蔵品で女性初の帝室技芸員である野口小蘋が描いた《箱根真景図》山種美術館蔵)。

f:id:nijihajimete:20181218011416j:plain

手前:野口小蘋《箱根真景図》山種美術館



南画を得意とする小蘋の、その素朴な筆致によって綴られる屏風だが、視線の誘導が超絶上手い。

まず第一の鳥居をくぐり、道を進む。そして第二の鳥居をくぐってしばらく進むといつの間にか富士を臨んでおり、そのまま山を越え(本当に絵の中の山を越えてしまう錯覚に陥る)、超えたところで手前に着地するように視線が誘導される。ひとつの平面を見ているはずなのに、自分が進んでいる道と、周りの景色を分けて認識できるのだ。不思議。

f:id:nijihajimete:20181218011504j:plain

野口小蘋《箱根真景図》(部分)まるで絵の中に入ってしまったかのような錯覚に陥る。

これってどういう仕掛けなんだろう? まったくもって謎だけれど、とてもすがすがしい気持ちになる。ところで左隻の六扇に洋館が建っていたのですが、あれはなんという建物なのかしら。

 →と思っていたら、山種美術館の方より「皇族の避暑のため1886(明治19)年に建設された、芦ノ湖畔塔ヶ島の箱根離宮です」という回答をいただきました。ありがとうございます!

 

ちなみに今回の撮影OK作品は、伏見宮家旧蔵品で下村観山の《老松白藤》山種美術館蔵)。これ、大好きなんですよ。

f:id:nijihajimete:20181218011559j:plain

下村観山《老松白藤》 山種美術館

齢を重ねて荘厳な松に麗しい藤の枝が絡まり、花を涼やかに咲かせる様子は背筋が伸びるような品の良さを醸し出しているのだけれど、一匹の熊蜂の存在が緊張感をその愛らしさで緩和させているところが何とも憎い演出なのだ。

f:id:nijihajimete:20181218012550j:plain

下村観山《老松白藤》(部分) 熊蜂のホバリングは必見

金屏風のまばゆさと控えめ且つ存在感のある洗練された様子を、ぜひお手元に納められたし。

 

 

新宮殿を疑似体験! やんごとなき美術に触れろ

いやはや何と言っても本展の真骨頂は第2章でしょう。

当然と言えば当然なんだけど、私たち一般人はおいそれと宮殿の中に入ることができない。けれど宮殿の中には、それはそれは素晴らしい美術品が納められているんですね。

見てみたいけど、まァこればっかりはしょうがないよね~と普通ならすっぱり諦めるところだけど、「いや、観ましょう! 私たちも素晴らしい芸術に触れましょう!」という感じに立ち上がってくれたのが山種美術館の初代館長・山﨑種二、その人なのだ。

会場のキャプションを見ると、いやもう山﨑種二氏には感謝しかないっていうか、よくぞ諦めずに交渉して下さいましたって感じなんだけれど、とにかく画家たちに「皇室に納めたものと同じ趣きのものを描いてほしい」と頼みまくってくれている様子がよくわかる。

で、まあ、中には一旦辞退する人もいるわけですよ。さすがにそれは難しいかな……とか、(高齢や体調ゆえに)同じものを描く体力がもう無くて……とか。

それでも「一般の人は皇室に納められるような作品はほぼ生涯目にすることはできない、だからそこを何とか……!」みたいな感じで粘り強く頼んでくれたんだと思う。

画家の方も「そこまで言うならやりましょう!」って感じで各々案を出して作品を仕上げてくれていて、そういったドラマを噛みしめながら鑑賞するとかなりぐっとくるわけです。

例えばこちら。

f:id:nijihajimete:20181220001045j:plain

左より:山口蓬春《新宮殿杉戸楓杉板習作》、山口蓬春《新宮殿杉戸楓1/4下絵》、橋本明治《朝陽桜》 すべて山種美術館

 

実は山口蓬春、山種美術館に納める作品に着手するも亡くなってしまうのだ。よってこちらに納められたのは新宮殿の「正殿 松の間」に納めた作品の習作と小下図なのだけれど、「なんだ習作か~」と思うなかれ。着目すべきはその大きさにある。

f:id:nijihajimete:20181220001349j:plain

山口蓬春《新宮殿杉戸楓杉板習作》山種美術館

この楓の葉、一葉が本当に大きい。一葉でこれってことは、木を描いたらどうなってしまうんだ? と尺に混乱するんだけど、会場に懸けてある実際の「正殿 松の間」に描かれた杉戸の絵の写真を見ると、あまりのスケールのでかさに思わず笑ってしまった。

いやほんと、ほんとに大きくてですね……。これ描くの、尋常じゃない体力と精神力が要るだろうなあってレベルの大きさで、改めて芸術家はモンスターだなと思ったのでした。

ちなみに《新宮殿杉戸楓杉板習作》の隣にある《新宮殿杉戸楓1/4下絵》ですが、1/4ってことは新宮殿に納められているのはこれの4倍ということなので……。いかに大きい作品か、イメージしやすいと思う。


というか、新宮殿に納められているのって、場所柄そういう大きさのものが多いのよな。
この作品の向かいにある東山魁夷《満ち来る潮》山種美術館蔵)もすごく大きい。なんと幅約9メートル!(宮殿のものはさらに大きい約14メートル!)

群青と緑青で表現された澄んだ「日本の海の色」にプラチナの飛沫がリアルに輝くのは、画家本人の指示によって下方からライトが当てられていることによる。

実はこの日、ちょうど東山魁夷」展(国立新美術館)にも行ったのだけれど、これが大正解だった。本展に出品されている魁夷の作品と「東山魁夷」展の内容が思いっきりリンクしていたのだ。

新宮殿に絵を納めたあと、すぐ唐招提寺の話が入ってきた魁夷。その間の期間にこの絵が描かれていたのだなと思うと、画家の海に対する色や描写のこだわりが一層理解しやすいように感じられた。

やはりこういったものは文脈がわかると面白さが倍増しますね。

唐招提寺の襖絵にも鑑真が渡ってきた「日本の海」が描かれているけれど、新宮殿の海、そして山種美術館の海、それぞれに込められた情景は、「魁夷が日本中を旅しながら必死に写生した経験から生まれている」という事実が確かな重みで伝わってくるのがよくわかった。

 

帝室技芸員の本気

本展を鑑賞していると、帝室技芸員という言葉が頻出する。

明治期の絵画や工芸の展覧会に行くと大抵出没するこの言葉は、「帝室(皇室)による美術工芸作家の保護と制作の奨励を目的として設けられた顕彰制度」のこと(東京国立博物館HPより)。つまり、皇室がたしかな技術を持った巨匠とその芸術をサポートする制度を意味する。

第三章ではこの帝室技芸員にがっつりスポットを当て、紹介していた。

この章には橋本雅邦とか竹内栖鳳とか川合玉堂とか横山大観とか上村松園とか錚々たるメンツによる優品がズラッとならんでいるんだけど、ぜひとも……ぜひともこの章でチェックしてほしいのが、柴田是真の《墨林筆哥》とWなみかわによる七宝!

《墨林筆哥》は、すみません、私がブログを書くのが遅いため面替えになってしまっているのだけれど、前期は何とも言えない可愛さのカエルちゃんが琵琶を弾く様子が漆で描かれておりまして……。まあ《墨林筆哥》は全部たまらん絵で満ちている神作品なので、面替えしても絶対に楽しめますので、これはチェックしてほしい。

そして有線七宝の並河靖之無線七宝の濤川惣助による工芸品ですよ。

どちらも画像が無いのでググってほしいんだけど、そしてググればわかると思うんだけど、どっちもすごいから! 
特に並河靖之はたまにお店とかで売ってるのを見かけたりするけど、結構傷ついちゃったりしているのが多いので、ぜひ完璧な姿をじっくり堪能してほしいと思う。偉そうでスミマセン、でもホントにめちゃくちゃきれいだから見て……!!

また濤川惣助といえば、魅力が再発見され、今や市場価値が右肩上がりの渡辺省亭とのコラボレーションが迎賓館赤坂離宮に納められているけれど、会場には省亭の花鳥画も展示されているので併せてどうぞ(この作品はごく偶に東博の常設に出るけど、見逃すことも多いでしょうから……)。

ちなみに山種コレクションルームでは、東西美人画の巨匠・鏑木清方上村松園の競演などを拝むことができます。

 

お菓子をいただきながら想いを馳せる

山種美術館を訪れるもうひとつの楽しみはオリジナルのイメージ和菓子。

f:id:nijihajimete:20181218012327j:plain

今回も趣向を凝らした和菓子が5点、しかも餡子とかそれぞれ違うもんだから真顔で真剣に迷ってしまったのだけれど、散々悩んで華やかな印象が目を引く「春の朝」に決定した。

f:id:nijihajimete:20181218012342j:plain

こちらは橋本明治の《朝陽桜》をイメージしたもの。

桜を描く際、モティーフの候補に福島・三春の滝桜を入れる画家は多い。
私はまだ絵と写真でしか見たことがないのだけれど、橋本明治が描くような、たっぷりとした花弁がまぶしく咲き誇る桜をいつか見てみたいと思った。

f:id:nijihajimete:20181218012408j:plain

橋本明治《朝陽桜》(部分) 山種美術館

 

来年、日本列島の桜が終わるころに平成も幕を閉じる。どうか口に運んだ長閑な甘さのように、穏やかに締めくくることができますように。

そしてやってくる新しい時代が、青空に映える若葉のように瑞々しく溌溂とした明るいものになりますように。

そのころ山種美術館で開催されているのは「花・Flower・華 ―四季を彩るー」展だそう。穏やかな気持ちでこの展覧会に臨むことができればと願う。

 

概要

【特別展】
「皇室ゆかりの美術 ─宮殿を彩った日本画─」
・ 会期:~2019年1月20日(日)
・休館日:月曜 ただし12/24(月) 1/14(月)は開館、12/25(火) 1/15(火)は休館、12/29(土)~1/2(水)は年末年始休館
・会場:山種美術館
・開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで)

日本画の専門美術館 山種美術館(Yamatane Museum of Art)