雨がくる 虹が立つ

ひねもすのたりのたり哉

単眼鏡の恐ろしさを東博とルーベンス展で実感した

 ひとつ前のブログにも書いたのだけれど、昨年狩野芳崖の作品を観て猛烈に単眼鏡の必要性を感じ、本格的に購入を考えるようになった。

ちょうどその頃、アートブログ「青い日記帳」のTakさんケンコー・トキナーの単眼鏡「ギャラリーEYE」の記事を書いており、読むうちにこの単眼鏡に惹かれていった。

www.kenko-tokina.co.jp

というのも、自分がかつて使っていた(そして今もたまに使う)一眼レフの交換レンズ一式がトキナーのものなのだ。はじめはビクセンの単眼鏡にしようと思っていたのだけれど、そうか、トキナーって単眼鏡出していたのか。こうなってくると俄然こちらを贔屓してしまう。
ビクセン刀剣乱舞の山姥切国広モデルを出してきたので迷ったのだけれど、近距離からもピントが合うこと、視野がひと回り広いことから、初めての単眼鏡は「ギャラリーEYE」、君に決めた。

 

 

 

単眼鏡のポテンシャル、恐るべし

単眼鏡を持っていない頃は、なんというか単眼鏡を持っている人に対して「ちょっと通ぶったアートクラスタ」という失礼にもほどがある偏見を持っていたのだけれど、すみません。これがあると無いとでは、見える世界が全く違いました。

「世界が違って見えるんです」Tiger & Bunnyでバーナビーさんが言っていたけれど、こういうことなんですね。

私の視力は裸眼で右が1.5、左が1.2と良いほうなので、ある程度の距離のものは裸眼でカバーできてしまう。そういうこともあって単眼鏡を買わずにきたのだけれど、せっかくなら少し離れたところからもよく見えるという6倍が面白かろうということで、6倍をチョイス。ちなみに4倍もあります。

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そんなわけで今回は、東京国立博物館の「博物館に初もうで」と国立西洋美術館の「ルーベンスバロックの誕生」にて単眼鏡を使って鑑賞した感想を書こうと思います。
そして「そろそろ老眼が気になる」という母にも単眼鏡を使ってもらったので、そういった年代の方の参考にもなれば幸いです。

 

 

単眼鏡で日本美術を観る

毎年「美術館(博物館)初め」は東京国立博物館と決めているので、今年も。 

 東博は毎年正月になると、長谷川等伯による国宝《松林図屏風》が出陳される。
去年は「名作誕生」展があったので出ていなかったけれど今年は出ており、これを観ると「ああ新年なんだなあ」としみじみ思う。

ちなみに2019年の国宝室の展示スケジュールはこんな感じだそうです。

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さて、オンラインゲーム「刀剣乱舞」がリリースされてからというもの、東博では刀剣の部屋が一番混んでいるのでは? というくらい盛り上がっているのだけれど、今回は国宝《童子切安綱》が。

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国宝 太刀 伯耆安綱(名物 童子切安綱)銘 安綱  平安時代


刀剣乱舞にはまだ実装されていないけれど、FGOでは認知度が高い刀でしょうか。
天下五剣のひとつにして大包平とともに「日本刀の東西の両横綱と呼ばれるほど優れ、源頼光大江山酒呑童子を斬ったという逸話もある名高い刀。

肉眼で見ても刃文は確認できるけれど、せっかく単眼鏡持ってきたし……と覗いてみると、地鉄までくっきり確認することができた。上手く写真には納められなかったのだけれど、なんだか照れてしまうくらい、細かいところまではっきりと確認できる。

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ホントうまく撮れないんだけど、置いてある布の布目すらバッキバキに分かる。

そんな童子切が大活躍する酒呑童子絵巻」の展覧会が1/10より根津美術館にて開催されます。
FGOの酒吞ちゃんのようなかわいい鬼ではないけれど、わずか3歳にして酒飲みとなり、比叡山にて修行という名のアル中治療をするも再び……というパンクな生い立ちをもつ酒呑童子は最高ですし、大好きな渡辺綱も出てくるかな? と楽しみ。
 

www.nezu-muse.or.jp

 

そんな感じで気を良くして、あらゆるものを単眼鏡越しに見ることに。

 

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灰被天目 南宋~元時代・13~14世紀 

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器も肌理まではっきり見えるので面白い。
あっ、曜変天目は……? もしかしてこれで曜変天目みたら凄いんじゃないの……?? 今年静嘉堂ではいつ曜変天目出るのだろうか? 行かなくては、などと急激にそわそわしてしまった。

 

現在の東博に出ているもの

1月27日まで「博物館に初もうで」として、今年の干支・イノシシにちなんだ展示が行われている。知らなかったイノシシの話なんかもあったり、いろんな角度からイノシシに焦点を当てていて面白い。
なかでも埴輪など昔のやつがとても可愛くて、こんな……こんな小さくて単純な造形なのにきっちり特徴を掴んでいるものがあって、これ、すっごくかわいくないですか?

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キャプションを控えるのを忘れてしまいました


 他にも心和む良いものがたくさん出ていた。前田青邨の《唐獅子》や《朝鮮之巻》、とくに《朝鮮之巻》は皆味のある顔をしていて楽しい。

 

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前田青邨《朝鮮之巻》 大正4年

この仁清も、いつも出ているような気もするけれど、行くたびに「かわいいなあ」と愛おしくなる。

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《色絵波に三日月文茶碗》 江戸時代・17世紀

あと、大奥の間取り図とか、今でいう模型のようなものも出ていて面白かった。
ちゃんと階段も作ってあるの。

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松平定信編《大徳寺塔頭寸松庵二有之亭縦地割(佐久間将監好)》江戸時代・19世紀

 他に写真は撮れなかったのだけれど、久隅守景の《虎図》が最高に可愛くて、猫が好きな人はぜひ観に行ってほしい。悶絶します。

 

単眼鏡で西洋美術を観る

待ち合わせをしていた母と合流し、カキフライが食べたいというのでご馳走し、西洋美術館の「ルーベンス展 ─バロックの誕生」へ。だいぶ前に、壺屋めりさんの講座を聴いて予習をしていたのだけれど、その時に聞いた話が展示内にたくさん出てきてとても楽しく鑑賞した。

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ルーベンス、やはり筋肉がむちむちですごかった。あの濃厚なミケランジェロ+カラヴァッジョ的な感じは、苦手な人には胃もたれする気がするかもしれないが、私は筋肉がむちむちしたキャラが好きなのでとても楽しく鑑賞した。
思いのほかベルニーニがきていて嬉しかったです。あと、君の名前で僕を呼んでを観たところだったので、《棘を抜く少年》がいてテンションが爆上がりした。

ルーベンスは画家と外交官の二足の草鞋を上手に履いていた人なのだけれど、その辺りの敏腕っぷりや展覧会のポイントは、めりさんの記事が詳しいのでぜひどうぞ。

artexhibition.jp

で、単眼鏡の感想なんですが、個人的には西洋美術と単眼鏡の相性はめっちゃくちゃ良いと思います。
というのも西洋美術は絵がでかい。向こうは天井高いから絵も容赦なくでかくて上の方とか……正直くまなく見るのが大変だったりする。
そういう時に6倍単眼鏡の威力は絶大でした。

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ペーテル・パウルルーベンス《キリスト哀悼》 1601-02年 ローマ、ボルゲーゼ美術館

上の方に描かれた人の髪の毛一筋、瞳の細かな光、皮膚や服の隙間に細かく入れられた鮮やかな赤い色が離れて見ることで周囲の色となじんで見えるのかなど、今まで見えなかった画家のテクニックとか、筆致とか、細かいところに隠されていたものがありありと見えてくる。
まさに、今まで見えなかったものが見えてくるという印象でした。

視力が気になる人にも合わせやすい

最近老眼が気になるようになり、なんとなく目のピントが合わせにくくなったという母にも単眼鏡を使ってもらうことに。
単眼鏡デビューということもあり、慣れるまで難航するかなと思いきや、視界が明るい(=レンズが明るい)からすぐにピントを合わせることができたとのこと。

試しに肉眼でも細工を見ることが難しいカメオと、巨大な宗教画を見てもらったところ、スイスイ鑑賞できていた。というか、肉眼を越えた世界を見るのってぞくぞくしますね。マジで「ミクロの決死圏」だし、あの時代でどうやってこんなん作ったんだよっていう……。
こういった複雑な近距離と遠距離を双方簡単にカバーしてくれるのはありがたいし、ホント今までの自分だったらカメオとか「細かすぎて見えね~」っつって素通りしてただろうから単眼鏡持ってて良かったよ。

www.tbs.co.jp

 

さて、ルーベンス展では写真は撮れないので、常設展の作品で。
まず大きな絵でいうとミレーの《春(ダフニスとクロエ)》。これ、写真だとそんなに大きく見えないけれど、2メートル35とかあるうえに少し高いところに展示してあるので巨人感がある。

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ジャン=フランソワ・ミレー《春(ダフニスとクロエ)》1865年

上の方の絵がどうなっているのかな~と覗いたところ、なんと今まであまり気にしてこなかった2人の後ろにいる像の顔がバーン! と目に入ってきて、思わず笑ってしまった。こういう顔だったのか……。知らなかったよ。このような新しい発見もあるわけですね。

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遠くのものを観るほか、近づいて観ることができるものも、実は普通に鑑賞しているだけではくまなく確認できない部分がある。
それは画家の筆致。

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クロード・モネ《セーヌ河の朝》 1898年

この絵にはそこそこ寄ることができるのだけれど、単眼鏡を覗くとそこには驚くほど複雑な筆の痕跡が。

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これが絡まり合ってモネの世界を作っているのかと思うと狂気すら感じた。
そう、単眼鏡を覗くと、作家の狂気というか、ここまでやってたのか! みたいなものを見ることができるのです。この驚きは、顕微鏡を覗いたときの「うわっ!」という衝撃にとても似ている。

さて、単眼鏡は屋内の作品を楽しむだけでなく、屋外の彫刻にも有効だということがわかった。

西洋美術館のエントランスにあるロダンの《地獄の門》。

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オーギュスト・ロダン地獄の門》1880-90年頃/1917年(原型)、1930-33年(鋳造)

近寄ることができるのはここまでなので、必然的にここから鑑賞するのだけれど、上の方にも細かい細工がびっちりあるがわかる。
中央にいるのは「考える人」というところまではわかるけれど、表情はわからず。その周辺の人たちも、一体どんな表情をしているのか……。
しかしそういったことも、単眼鏡を覗けば一発で分かる。

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例によって写真がブレていますが(小指でiPhoneを支えているので……)、「考える人」の眉間まで見えるし、後ろの仰け反っている人の浮き出た肋骨まで確認できた。

ということは、これは寺社建築の装飾を観るのにも適していることではないかしら?

 

現在西洋美術館に出ているもの

ルーベンス展を満喫しまくったため常設をじっくり観る時間が少なくなってしまったのだけれど、気になっていた新収蔵品も観ることができた。こちらは一番のお目当て、クラーナハのユディト。

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ルカス・クラーナハ(父)《ホロフェルネスの首を持つユディト》1530年頃

 「ルーベンス展」にも出ているお題、ヘラクレスとオンファレ」ルーベンス展ではクピドとヘラクレスという構図だったけれど、こちらは吉田羊似のオンファレがとても可愛いコメディ路線。(これは新収蔵品ではありません)
皆笑ってるけど、ヘラクレスが慣れない糸紬をやっているのは友人を殺害したことへの罰の一環なんだよな……。

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ベルナルド・カヴァッリーノ《ヘラクレスとオンファレ》1640頃

こちらも新収蔵品ではないけれど、2020年に回顧展が開催されるハンマースホイの作品も観ることができる。素晴らしいですね。

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ヴィルヘルム・ハンマースホイ《ピアノを弾く妻イーダのいる室内》1910年

 

こんな感じで2019年はマイ単眼鏡デビューとともに始まり、とても充実しそうな予感です。
やったね。

 

今回私が選んだのは6倍の単眼鏡ですが、4倍の単眼鏡を持っている明菜さんの記事はこちら。ビクセンとの忌憚なき比較記事が読めますし、眼鏡をかけていて「単眼鏡使いづらい」とお嘆きの方におすすめ。「ギャラリーEYE」の真価を知ることができます

theory-of-art.blog.jp