雨がくる 虹が立つ

ひねもすのたりのたり哉

京都へ旅したはなし1(市川屋珈琲、河井寛次郎記念館、山口晃展)

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3年ぶりに京都に行った。

目下コロナ禍、1年前に横浜に宿泊をして旅気分は味わったものの、新幹線に乗るような距離は久しぶりだ。

nijihajimete.hatenablog.com

 

さて、今回のメインは山口晃さんの展覧会「ちこちこ小間ごと」(ZENBI)と、「フィンレイソン展」(京都文化博物館、そして市川屋珈琲のフルーツサンドである。それが達成できれば、あとは行き当たりばったりで楽しもうという、2泊3日の旅にしてはかなり余裕のあるスケジュールにした。

ありがたいことに天気予報はすべて晴れだったので、それならばと全日自転車を借りてふらふら街を走ることにした。

幼い頃から遠足の前日は全く眠れない性質で(今や遠足どころかいつでも眠れない不眠体質になってしまったけれど)、ほぼ徹夜の状態で新幹線に乗り込む。しかし久方ぶりの旅らしい旅にアドレナリンが出まくっているせいか、めちゃくちゃ元気だった。

 

阪急のレンタサイクル

京都に着き、ホテルに荷物を預けて向かった先は阪急の西院駅にある駐輪場である。
阪急は様々な場所に公営駐輪場を構えており、その幾つかでレンタサイクル業も営んでいる(レンタサイクルは京都だけでなく、近隣の府や県でも行っている)。

www.hankyu.co.jp

京都には多種多様なレンタサイクルサービスがあるが、阪急を選んだ理由は何と言っても安いことと借りられる時間が長いこと、これに尽きる。

通常ギア無しシティサイクルは600円~1,000円が相場だが、ここは320円と信じられない安さ。かといってポンコツ車ではなく、綺麗な車体だし整備も良くされている(ちなみに電動は420円とこちらも破格のお値段)。しかも朝6時半から営業しており、返却は翌日の10時までと驚異のコスパの良さなのだ。

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▲普通車はこんな感じ。

ひとつ難を言えば市内で借りやすい場所は西院駅のみ、というところだろうか。西院駅から徒歩1分のところに駐輪場があるため借りる際に苦労はないが、返却時にここまで行かなくてはならないのは面倒くさい。とはいえ、長所を鑑みれば許せる範囲である。

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西院駅の駐輪場。地元の人も結構借りている。

必要なものは身分証明書だけ。スタンプが押せる会員証のようなものを作ってくれるので、返却時にそれを提示する。ちなみに料金は前払い制。

市川屋珈琲

最初の目的地は市川屋珈琲だ。
3年前、ここで初めて柿のフルーツサンドを食べ、あまりの美味しさに無になった。(↓無になった直後のツイート)

甘い柿と、その甘味を絶妙に引き立たせる生クリームがたっぷり詰まった、分厚いサンドイッチ。見た目も華やかながら、とにかく美味しい。冗談抜きで思考停止するほどの衝撃を受けた。

あれが忘れられず、次回も必ず市川屋珈琲に行こうと決めていたのだ。
柿のサンドイッチはまだ始まっておらず、この日は「シャインマスカットとピオーネと梨のサンドイッチ」だった。今季のシャインマスカットは食べ納めたと思っていたので、思いがけずまた食べられて嬉しい。

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いよいよ運ばれてきた、その美しい見た目に胸が高鳴る。
そうだ、私はこれを食べに来たのだ。うまいものを食べるという、幸せな時間。
「いただきます」と心の中で唱えて、口に運ぶ。

 

うまい。

本当にうまい。

脳が痺れて他の情報を一切遮断してしまうくらいにうまい。

大げさながら、生きてこのサンドイッチに出会えてよかったと思えるくらいには美味しい。ひとつが大きいので大口を開けて食べるのが少々恥ずかしいが、至福の時とはこういうことを言うのだろうとしみじみ思うほどにうまかった。

余談だが、ここは店名にもあるとおり、コーヒーもすこぶる美味しい。そしてサーブされるカップやグラス、お皿もとても可愛いので、それを見る楽しみもある。店内も落ち着いていて、がやがやしていないところも大好きだ。

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平日であっても待っている人がいるため、店の中で本を読んだりパソコンで作業をするようなことはできないが、それでいい。美味しいものを、飲んで、食べるための場所なのだ。

こら全ての季節のフルーツサンドを食べたくなるよなあと思いながら、会計時に「柿のサンドイッチはいつ出ますか」と尋ねたところ、「明日くらいには出ると思うんですが……」ということだった。

なんと、幸運にも明日も私は京都にいるではないか! ──まあ結論から言ってしまうと、様々な事情により柿サンドにありつくことは叶わなかったのだが、11月に入れば柿サンドになるんだな、という目安のようなものはできたのでした。

 

河井寛次郎記念館

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さて、市川屋珈琲からほんの2~3分歩いたところに、河井寛次郎記念館がある。

現在東京国立近代美術館にて開催中の「民藝の100年」でも河井寛次郎について紹介されているが、民藝好きな人……はすでに行っているだろうから、そこまでいかんでも、渋いものとかフォークロアとかカレーの皿を焼き物っぽいものにしたいなと思ってる人なんかは本当に本当に本っっっっ当~~~~にここへ来た方が良いと思う。

私はかれこれ十数年ぶりにここへ来たのだけれど、以前感じた「へえ、素敵ね」という程度の印象が嘘のように、この建物の持つすべてに魅了された。

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あまりにも素晴らしすぎて、身体中の血が湧きたつくらいに興奮した。

河井寛次郎記念館自体は大きく様変わりはしていないので、これはきっと私自身の趣向が変わったということなんだと思う。落ち葉が重なり発酵して栄養のある土を作るように、この十数年の間に観たり体験したことが肥やしとなって、こういったものに魅力を感じるような趣向へと変わったのだろう。

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もう本当にすべてがたまらなく良くて、何度も邸内を行ったり来たり、角度を変えて眺めたりしては、河井寛次郎河井寛次郎として佳く生きるためにここを建てたのだなあと納得した(河井寛次郎記念館は、もとは彼が設計した彼の家である)。

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▲邸内には2つの窯がある。こちらは大きな登り窯。

さて、こちらには「えきちゃん」という猫がいて、とても人慣れ……むしろ人に全く頓着していないと言うべきか、とにかく自由にこの家を堪能している。

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ここでちょろっと聞こえた面白いエピソードを書いておく。

かつて寛次郎の家で飼われていた猫が亡くなってしまったとき、まだ幼かった彼の娘はとても悲しんだという。その後別の猫を家に迎えたものの、娘は「これは亡くなった猫とは違う猫だ」と譲らない。
そこで寛次郎は「あの猫はもういなくなってしまったが、猫という概念が消滅することはない」と言ったのだそうだ。屁理屈と言われればそうともとれるし、哲学的と言えば哲学的だ。なんとも興味深い話である。

えきちゃんが河井家に住む何代目の猫なのかわからないが、とてもユニークな家に住んでいるねと、やわらかい毛並みを撫でさせてもらった。
この空間は、日本の宝だ。
100年先も、ぜひ残っていてほしい。

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山口晃 「ちこちこ小間ごと」(ZENBI 開館記念特別展)

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河井寛次郎記念館の後、少し清水寺のあたりを散歩した。
最近は東京でも修学旅行生を見かけるが、京都も以前ほどではないにせよ、行く先々でそれらしい学生のグループをいくつも見かける。

清水坂産寧坂の上の方は観光客や学生でにぎわっていたが、八坂の塔のあたりは人も少なめであり、まあ紅葉シーズン手前ということもあるのかもしれないけれど、京都が空いているというのは本当なんだな……と思った。
ちなみに白川界隈はこのとおり。こんな白川を見たことがなかったので驚いた。

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そんなわけで、もうひとつのメインイベント、山口晃「ちこちこ小間ごと」へ。

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▲手前左手の建物がZENBI

会場である「ZENBI」は、江戸時代から祇園で菓子を作り続けている鍵善良房が今夏オープンさせた美術館で、四条通から一本入った建仁寺の近く、小さいけれどおしゃれな一角に建っている。

杮落しが画伯の展覧会だというので開館してすぐ行きたかったのだが、感染者数があれよあれよと増えていき、越境するのを戸惑うほどになってしまったので、結果的に会期末に伺うことになってしまった。

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▲美術館は2階建、展示室は3つあり、テーマごとに分かれている。

展示内容は五木寛之新聞小説親鸞』の挿絵を中心に、鍵善さんにちなんだ作品、その他京都に関連した仕事の原画などが展示されていた。
タイトルにもなっている「ちこちこ小間ごと」とは、山口さんが幼いころからチラシの裏に描いてきた絵のような、小さな手仕事の楽しみを表しているという。

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▲鍵善さんのショッパーにもなっている《好きなカフエーのおじいさん》2013年

親鸞の原画は以前も観たことがあったが、やはり何度観ても面白いし、本当に上手い。山口さんの様々な技術やセンスがたくさん詰まっている。

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▲手前のおじさん、いかにも画伯らしい躍動感

親鸞以外の原画は主に雑誌で使われたもので、初公開のものばかり。
以前『和樂』に掲載されていた若冲の《動植綵絵》を描いた《綵絵掛圖》の原画を観ることができて感無量。

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▲《綵絵掛圖》(部分)2007年

 

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▲そのほか立体作品も

コンパクトではあるものの、祇園散策と絡めて楽しむには丁度良いボリュームの規模だと思う。
隣接するショップも素敵で、ポストカードセットやお菓子を買った。

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▲山口さんデザインによるお菓子は週末限定

また、同じ敷地に「ZEN CAFÉ」という鍵善さんのカフェがあるのだが、さきほどのフルーツサンドがそこそこ効いており、先週胃を悪くしていたことを鑑み自粛。
そうそう、ZENBIやZEN CAFÉに自転車で行かれる際は、駐輪場がないので南座の向かいにある公営駐輪場を使いましょう。


その後祇園を歩き、建仁寺をまわり、八坂神社でお参りをした。知恩院の三門をながめて陽に照らされる大好きな山々に見惚れては、やはり京都は自分にとって特別な街だなとしみじみ思った。

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できることならここの四季を余すことなく見届けたい。

けれど鴨川を歩くたびにエグいほど虫に食われた葉を見ては「やっぱ春夏は無理だな~!」となってしまう、久しぶりの京都1日目なのでした。

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