雨がくる 虹が立つ

ひねもすのたりのたり哉

石田尚志「渦巻く光」展いってきた

横浜美術館

タイトル

先日、「夜の美術館でアートクルーズ」というイベントに参加してきました。トークがおしてしまうことに定評(?)のある、とてもチャーミングな担当学芸員さんががっつり語ってくれるのを聴きながら鑑賞できる贅沢なイベント。解説とこぼれ話、そしてなにより石田さんの作品に魅了されていたらあっという間に時間が過ぎていた有意義なイベントでした。 (写真は美術館の許可を得て撮影しています)

石田尚志さん、以前アーティスト・ファイルで観たことがあったような……という程度で、ほぼ知識ゼロで臨みましたが、とにかく圧倒させられました。この人が筆を動かして描くたびに、そこに生命が宿ってそして紙から外へ出て行ってしまうんじゃないか。そう思わせる作品です。 『蟲師』が好きな人はぜひ一度観てほしい。あの呪われた実写版を観てガッカリした人たちは、ぜひ石田さんの作品を観てほしい……!これぞ「緑の座」、「筆の海」です。

 

 

展覧会は、石田さんの映像作品の原型となっている「絵巻」を第1章として、代表作のひとつでもある≪フーガの技法≫を含んだ第2章「音楽」、自らの動きを映像に取り込んだ第3章「身体」、そして限られた空間の中で時間が紡いでいく調和や激動を表現した第4章「部屋と窓」の4部構成となっていますが、本編に入る前のエントランスにある≪海の壁―生成する庭≫。まず、ここから一気に引きつけられます。さあこれから展示を観るぞという前に、不意打ちで魂を掴まれるとでも言いましょうか。とにかく足が止まってその場に縫いつけられたように見入ってしまうのです。 エントランスに設えられた3枚のパネルに投影される「何か」はじわじわと広がり、やがて画面を覆い尽くし、ひとところに収束していきます。

[caption id="attachment_1195" align="aligncenter" width="448"]≪海の壁―生成する庭≫ ≪海の壁―生成する庭≫[/caption]

滴る/侵食する/溢れる/飲み込む/埋め尽くす/収まる

ふと、自分が息をとめて集中していたことに気が付いて、はっと我に返る。気を抜くとどこかへ連れていかれてしまうんじゃないか、なにかに捕らわれてしまうんじゃないか。でも、捕らわれたさきの美しい世界に閉じ込められるのも悪くないかもしれない。そう思わせるのが、石田さんの矩形と有機的曲線が紡ぎだす世界です。

 

この展覧会で強く惹かれたのが≪絵巻≫と≪フーガの技法≫、≪絵馬・絵巻2≫、そして≪REFLECTION≫。

その中でも≪フーガの技法≫≪絵馬・絵巻2≫が展示されている「音楽」の部屋は、”音を描きたい”という石田さんの思いでできた濃密な空間でした。≪フーガの技法≫は以前映画館で上映されたこともあるのだそう。ひょっとしたら劇場で観たことがある方もいるやもしれません。

石田さんのご兄弟に鹿児島大学で教鞭をとられている作曲家・石田匡志さんという方がいらっしゃるのですが、その匡志さんとの共作である≪絵馬・絵巻2≫。これは3パターンの絵、3パターンの楽譜をそれぞれ組み合わせ、いくつもの曲・いくつものアニメーションを生み出していくというもの。壁にかかった3つのスコアと3つの絵。遠目で見ると草原に落ちる夕日のようだったり、木のように見える絵ですが、ひとたびヘッドフォンを耳に当てて映像を観ると、音に誘われて芽吹いた植物たちが、優雅に、そして爆発的に天へと駈け登る世界に変わるのです。

[caption id="attachment_1196" align="aligncenter" width="448"]「音楽」の部屋 第2章「音楽」[/caption]

そして白眉は、バッハの名曲にアニメーションをつけた≪フーガの技法≫。アニメといっても物語になっているのではなく、石田さんの目に見えた≪フーガの技法≫の旋律がアニメーションになって表現されています。音楽を学んだ人曰く、良く見ていると旋律ごとに矩形が決まって作られており、旋律の重なりに合わせて矩形も重ねて描かれているため、ただ曲に合ったアニメーションを描いているのではなく、きちんとスコアのルールに則って然るべく描かれているとのこと。なるほど、だから違和感なく音も映像もすとんと入ってくるのですね。

[caption id="attachment_1197" align="aligncenter" width="448"]≪フーガの技法≫原画フーガの技法≫原画[/caption]

幼いある日、絶えず家でかかっていたバッハの旋律が、突如目に形として見えたと石田さんは言います。私たちは、石田さんの手によって音が絵へと翻訳されたものを鑑賞するわけですが、ああ、この人は本当に音が見えているのだなと納得してしまうほど、それは神々しく、そしてほんのりと狂気を孕んでいました。幾重にも展開され、秩序のもとに形を変える矩形を真っ暗な部屋で見つめるのは、冬の午後の薄暗い部屋でじっと息をひそめて窓から差し込む黄金色の光を眺める気持ちに似ています。

この作品に限らず、石田さんの作品は、全体的に「ひとりでじっと何かを眺める」ときの気持ちに通じるものがありました。 ”第4章 部屋と窓”にある≪REFLECTION」≫これは「音楽」の部屋とは対照的に、眩いばかりの陽光に溢れた明るい部屋。鬱屈とした日々を過ごしていた石田さんに、ある日イギリスはポーツマスにあるギャラリーから「壁に絵を描きに来ない?」と誘いがかかります。とはいえ、数日間でおいそれと作品ができるわけがない。いまいち晴れない気持で石田さんはギャラリーを訪ねますが、そこで目にしたのは圧倒的な光の世界。 「ギャラリーに行ってみると、すでにその部屋は美しい光によって描かれている最中だった。僕はそれをなぞっていった」

[caption id="attachment_1198" align="aligncenter" width="448"]≪REFLECTION」≫ ≪REFLECTION≫[/caption]

まさにこの言葉通りに、移ろう光の軌跡をたどる作品。それが≪REFLECTION≫。でもこれも≪フーガの技法≫同様、「ひとりでじっと何かを眺める」ような気持ちで観る作品だと思うのです。というか、全体的に「ひとりで/外界から遮断されて/対象をじっと眺める」作品が多かった気がします。そしてそれは、普段じっとしているのが性に合わないという人であっても、不思議としっくりなじんでしまう、引きつける力をもっていました。

[caption id="attachment_1199" align="aligncenter" width="448"]第4章「部屋と窓」 第4章「部屋と窓」[/caption]

最後の展示室を出たところで、極楽鳥の羽根のような≪絵巻≫の映像が見送ってくれます。思えば≪海の壁―生成する庭≫からはじまった非現実的な映像の世界で過ごす間、周囲の色は比較的抑えられていました。現実の世界に戻ってきたところで一気に降り注ぐ鮮やかな色は、祝祭のような雰囲気を持っており、晴れやかな気持にさせてくれました。

”ずっと絵を描き続けていたい”という欲望が作品となったのが≪絵巻≫だと石田さんは言います。ひと筆描いたらひとコマ撮影し、巻物を巻き、またひと筆描いて……を何千回何万回と繰り返す。紙が足されれば永遠に続けられるその作業は、一見地味に聞こえますが、映像として繋がってはじめて圧倒的な姿を現します。写真をいくつか載せ、つらつらと書いてはみましたが、やはりこれは映像として観ないとその迫力が伝わらないものなので、気になった方にはぜひ作品をその目で観てほしいです。きっと、ひとりで息をひそめて眺める世界に入り込めると思います。

会期:~2015年5月31日(日) 時間:10時~18時(入館は17時30分まで)