雨がくる 虹が立つ

ひねもすのたりのたり哉

ラファエル前派展行ってきた

1848年、ロイヤル・アカデミー付属美術学校の学生であったダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・エヴァレット・ミレイの3人の画家により、ラファエロ以前の初期ルネサンスを理想とするグループが結成された。 それが”ラファエル前派”であり、以下の4つが彼らの信条である。

1.独創的なアイディアをもつこと 2.表現のために自然を注意深く観察すること 3.従来の型にはまった物を拒絶すること 4.もっとも重要なことは、優れたものを制作すること

[caption id="attachment_901" align="aligncenter" width="917"]ジョン・エヴァレット・ミレイ <オフィーリア> ジョン・エヴァレット・ミレイ
<オフィーリア>[/caption]

ラファエル前派展に行ってきました。@森アーツミュージアム

こちらは現在三菱一号館美術館で行われている「ザ・ビューティフル」展と同じ”ラファエル前派”に着目した展覧会。 まず、「ラファエル前派とはなんぞや」というと、ラファエルとはルネサンス期の画家 ラファエロ・サンティのことで、前述の三名はラファエロこそ至高と唱っていた当時の美術界に疑問を抱き、「ラファエロはなんか違うんじゃ??ラファエロより前の中世や初期ルネサンスこそ範とすべきでは」という思想のもとグループを結成したわけです。

ロセッティ、ハント、ミレイが創設メンバーで、そのあとにバーン=ジョーンズやウィリアム・モリスが入ってきます。錚々たるメンバーですね(この展覧会には、モリスはデザインの方に転向して正解だったね!と思わず言いたくなる<麗しのイズー>なる絵がきています)。 で、上記の四点をルールとして各々作品を作っていくわけだけれども、最終的には「もう美しければなんでもいい!時代考証とか関係ない!細けえこたァいいんだよ!!」という境地に至り、その名の通りの”唯美主義”へと進んでいきます。(三菱一号館美術館の「ザ・ビューティフル展」は唯美主義を工芸も視野に入れて取り上げています)

なので、まあ、あまり深いことは考えずに「美しく耽美な世界へ旅立とう」と思いながら観るだけでもとても楽しめるのですが、それだけではもったいないのがチームラファエル前派・・・。 ぜひ、会場にある人間相関図を見て思いを馳せてください。昼ドラ顔負けのドロドロした人間関係に興奮します。 ラファエル前派の絵に登場する美女たちはだいたいみんな顔の系統が似ています。それは今までの英国における目がまんまるで愛らしい”美人”の定義とは異なる、意志の強い目を持つ謎めいた雰囲気の女性たち。労働階級など比較的貧しい暮らしをしている一般人をナンパしてきてモデルにしてそのまま彼女に、そして奥さんにというコースが王道ですが、寝取り・寝取られ当たりまえ。これドラマでやらないかしら・・・と思っていたらBBCで既に放映済みでした。ミレイくんきゃわわ♡(ラファエル前派のドラマ「SEXとアートと美しき男たち」 Takさんの弐代目・青い日記帳にて紹介されています) ドラマには出てくるのかわからないけれど、ゲイのシメオン・ソロモン、作品から溢れ出る心情が私は好きだな~。嫉妬とか後ろめたさとか、ふっきれた感じとか。

さて、肝心の展示はどうかというと、各美術雑誌でも表紙を飾っているミレイの<オフィーリア>をはじめ、ロセッティの<プロセルピナ>、そしてバーン=ジョーンズが20年かけて制作した<「愛」に導かれる巡礼>など大作が来ております。 ミレイはオフィーリアが注目を集めていますが、個人的にスマッシュヒットだったのがオフィーリアの裏にある<両親の家のキリスト>。これは!やばい!! キリストがかわいい!!!っていうかあざとい!!!!

[caption id="attachment_903" align="aligncenter" width="640"]ジョン・エヴァレット・ミレイ <両親の家のキリスト> ジョン・エヴァレット・ミレイ <両親の家のキリスト>[/caption]

この顔よ...

キリストアップ絶対自分がかわいいってわかっててやってるよね。 なんつーか、この年にして自分のカリスマ性をわかってるっていうか、本当にあざとい。選ばれし者ということを分かっててこの顔やってる。そして写真じゃわかりにくいけれど、けぶるような睫毛なんですわ。「お前睫毛なげぇなあ」って虎徹さんに言われるレベルの長さ(すみませんタイバニネタです)。対する洗礼者ヨハネ。通常キリストの頭に水をかける髭のおっさんとして描かれていることが多いですが、この伊藤潤二の絵のような顔ときたら・・・。(ホントに目のまわりがこんな↓感じです)

よんむーこれは幼いキリストが父親の工房でけがをしたシーンを描いているもので、それが将来待ち構える受難を暗示しているということなのだけれど、ヨセフの重ね着がお洒落なんです。左側にいる人物が腰に巻いているマルチボーダーの布とかも。そんなわけで、この時代にこんな服装していた人、いたの?と話題になったそうですよ。このような〝時代考証無視″の宗教画は当時珍しかったようですが、ラファエル前派はそういうの気にしない派なんです。なので、ありえない家具とかがありえない時代に平然と置かれていたりする。「だって美しいから」。

この、全体で見た時の収まりの良さとか色や構図の美しさとか、とにかくうっとりする言葉にできない雰囲気を大切にして、従来の<受胎告知>イメージを覆したのが、ロセッティの<見よ、我は主のはしためなり(受胎告知)>。

[caption id="attachment_912" align="aligncenter" width="452"]ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ <見よ、我は主のはしためなり> ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ
<見よ、我は主のはしためなり>[/caption]

この展覧会で一番観たかったのはこの絵。観終わった今となっては<両親の家のキリスト>が一番良かったけど、この絵にはずっと焦がれていたのです。 まず、マリアの表情が良い。ある日突然天使・ガブリエルが目の前に現れ、「あなたは神の御子を身籠っている」なんて伝えられたらまず呆然とするはずだけれど、多くの“受胎告知”においてマリアは余裕の表情なのよね。。。このマリアはガブリエルの方を見ることもなく、ぼんやりと彼の手にあるユリを見ている。そこがとても好きなのです。 そしてガブリエルが着ている服がとても素敵。背中に豪華な翼はなくとも十分神々しい(翼は足首に付いているのかな?まるでヘルメスのよう)。

パースやら人物やらがおかしいと相当disられたようですが(たしかにガブリエルの輪は位置がおかしいw)、すごく清潔だし美しいと思う。それがきっと、彼らの目指した世界なのでしょう。ちなみにこのマリアとガブリエルは、ロセッティの妹と弟だそうです。

 

このように自分たちが焦がれ陶酔する世界を、周囲の目に怯えることなく表現した彼らのモチーフは、伝説や宗教だけではなく、風景にも反映されました。 ジョン・ブレッドの<ローゼンラウイ氷河>は、ラファエル前派が目指した ”表現のために自然を注意深く観察すること” を忠実に行っていると思います。氷河がメインで描かれているけれど、手前の石がとても良い。

[caption id="attachment_918" align="aligncenter" width="433"]ジョン・ブレッド <ローゼンラウイ氷河> ジョン・ブレッド
<ローゼンラウイ氷河>[/caption]

また、ウィリアム・ダイスの<ペグウェル・ベイ、ケント州-1858年10月5日の思い出>、これはドナティ彗星を描いたものですが(絵の上部中央に彗星が流れている)、手前の、本当に手前のところにある水たまりの反射が素晴らしいのです。この絵の中でこの部分だけ何かが圧倒的に違う。勝手な推測だけれど、この部分になにか思い入れがあったんじゃないかなと思ってしまうくらい他の部分と違います。こういうところに、ラファエル前派の人たちのこだわりのようなものがあるのかな・・・。余談ですが、ペグウェル・ベイ、高校生の頃イギリス滞在時にホームステイしていた家のすぐ近くだったり。

[caption id="attachment_919" align="aligncenter" width="500"]ウィリアム・ダイス <ペグウェル・ベイ、ケント州-1858年10月5日の思い出> ウィリアム・ダイス
<ペグウェル・ベイ、ケント州-1858年10月5日の思い出>[/caption]

  こういった風景のほかに、近代生活における風刺画などもあったりして、ラファエル前派と言うと美女たちが連想されがちですが、それ以外も結構がんばっていたんだな、と思える構成になっていました。 とはいえやはり大物というか迫力があるのは彼らのファム・ファタールたちを描いたもの。 展覧会の終盤は、ぎっしり彼女たちで埋まっていました。

[caption id="attachment_920" align="aligncenter" width="220"]ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ <プロセルピナ> ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ
<プロセルピナ>[/caption]

この辺りから「ただ美しくあれ」方面にずんずん向かっていくラファエル前派。中には芸術性の違いから離脱する者も現れ、次第に世代交代していきます。そしてその影響は絵画だけでなく工芸やデザインにも伝播し、脈々と受け継がれていくのです。

美しさを追求する旅はまだ続きますが、ひとまず休憩。 次は三菱一号館美術館の「ザ・ビューティフル展」に移ります。