@ジュンク堂池袋本店
美術史研究家であり、現在は東京藝術大学客員研究員として教鞭を振るう、壺屋めりさん (@cari_meli )。
そのめりさんが2017年にクーリエ・ジャポンにて連載されていたのが、「リナシタッ ルネサンス芸術屋の仕事術」です。
私のTwitterをフォローしてくださっている方は、たびたびRTしていたのでご存知かもしれませんが、めちゃくちゃ面白い連載でした。
誰もが知る巨匠たちが生み出した名作の陰には、トホホな話や破天荒な話が満載。
抜け駆け、サバ読み、炎上商法……。彼らが巨匠たる所以はなりふりかまわぬ仕事ぶりにあった!
崇高な作品から聖人君子と思われがちな芸術家たちの人間味あふれるエピソードは最高に魅力的。
笑いながらすいすい知識が入ってきて、今すぐフィレンツェに行きたい! その作品を観たい! あんまり好きな画家じゃなかったけどなんだか好きになってきた! という気持ちにさせる、とにかく素晴らしい内容だったのです。
これは本として保存しておきたい連載だなあと思っていたところ、めでたく書籍化するというではないか。
しかも、書き下ろしコラムと新規イラストも追加!
さらには刊行記念トークイベントが開催されるというので、即申し込んで行ってまいりました。
トークイベントに行ってきた
6/3、よく晴れた日曜日にトークイベントは開催されました。
場所は池袋ジュンク堂本店。ご存知の方も多いでしょう、建物全て(9階建)が書店というかなり力の入った本屋さん。
トークイベントは対談形式で行われ、聞き手にはアートブログ「弐代目・青い日記帳」の管理人・Takさんが。
説明不要のカリスマアートブロガーですね。というか、ブログにとどまらず書籍や雑誌への寄稿、コラム連載にイベントも多数こなされていて引っ張りだこ。エッシャー展にもタケさんのコメントが紹介されていました。
そんなお二人のトークショーの様子を、備忘録も兼ねて書いておきたいと思います。
壺屋の由来
めりさんもたけさんも旧知の仲ということで、和やかな雰囲気でスタートしたトークイベント。
話題はまず、めりさんのペンネームである「壺屋」の由来から。
ルネサンス期の芸術家たちを描いた『芸術家列伝』の著者、ジョルジョ・ヴァザーリ。めりさんはヴァザーリ研究者なのですが、壺屋はそこからきています。
「ヴァザーリ」の語源はイタリア語のヴァザイオ(Vasaio)となっており、ヴァザイオとは陶芸家という意味。
ヴァザーリの祖先が陶工だったという有力な説があり、「現代のヴァザーリになる!」という目標から「壺屋」とつけたとのこと。
今まではTwitterアカウントも「めり」だけだったので、なんで壺屋? と思った方も多いですよね。実はこのような理由があったのでした。
絵や漫画を描くことについて
めりさんと言えば、愛らしいキャラの絵が特徴的です。外見だけで言うとティッツァーノとレオナルドがお気に入りですが、『ルネサンスの世渡り術』の表紙にいるミケランジェロとセバスティアーノが良すぎてね……。この体格差、わかるやろ?
それはさておき、これらのキャラクターはどのように描かれているかというと、ずばり肖像画が残っていれば、それを参考にされているとのことです。本書を読まれた方はピンとくると思いますが、まさにポルティナーリなどはそうですよね。あとデューラーw
ちなみに絵はデジタル環境で描かれています。
本を見ても分かるとおり、漫画がめっちゃ面白いんですよ……。昔から漫画を描くのが好きだったことからこうして描かれているそうですが、漫画が描けるってめちゃくちゃ強力なアビリティなんですよね。
めりさん自身、自分で描けばイメージがより伝えやすいということで解説に挿絵や漫画をつけるようになったとのことですが、文章で詳しく説明するよりも、絵を一枚つけたほうが伝わりやすいことってたくさんあるし、なにより難しい分野に対してのハードルが下がるんです。
そしてそれは、”非公式ガイド”という名のルネサンス芸術布教活動へと繋がっていくのです……!
素晴らしき非公式ガイドの数々
ルネサンスTwitter列伝
ルネサンス期の芸術は素晴らしいものが多く、知識がなくても感覚で楽しむことができます。
しかし、もう一歩踏み込むことで見えてくる面白さが存在する。けれど敷居が高くて難しそうで、なかなか踏み込む勢いがつかない。私もまさにそうでした。
でも、そんな私にルネサンス芸術の扉を開いてくれたのが、何を隠そう、めりさんだったのです。
2009年?10年? あたりだったと思うのですが、突如Twitterに現れた「ルネサンス芸術家たちのタイムライン」。
ルネサンスTwitter列伝 其の壱→■ 解説→□
ルネサンスTwitter列伝 其の弐→■ 解説→□
リンク先へ飛んでいただければわかりますが、あの気難しい芸術家たちのやりとりがものすごくユニークに書かれていて爆笑必至なのですよ。(このタイムラインをきっかけにフラ・アンジェリコに興味を持ち、2012年にフィレンツェのサン・マルコ美術館に行くことになったのは良い思い出。)
なんだこの面白い人は!? そう思ってめりさんのアカウントをフォローしたところ、なにやら学会で発表したりするガチの美術畑の人であることが判明。しかしツイートはとても間口が広く、美術史学会の論文も「読みたい人にはPDF送りますよ~」と大盤振る舞いしてくださる太っ腹。
────しかし、それだけではなかったのです。
「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち展」非公式ガイド
2011年京都大学総合博物館でおこなわれた特別展「ジョルジョ・ヴァザーリのウフィツィ:建築とその表現」のために、イラスト入り解説パンフレット "Chi è Vasari?" を作成されためりさん。
それが好評を博し、2013年に同博物館にて開催の特別展「ウフィツィ・ヴァーチャル・ミュージアム」用のジュニアガイド「くらべてわかるルネサンス」を制作されました。
すべては「もっとルネサンス美術の面白さが広まるように」という思いから、誰に頼まれたわけでもなくガイドを作り、印刷し、会う人に渡していたという地道な布教活動。
この話を聞いた時、「めりさんは完璧なオタクだ。それもオタクの鏡だ」と思ったものです。
いや、古今東西オタクは布教活動をするんですよ。
Twitter見ていてもわかるけど、「〇〇が本当に面白いから見てくれ!」っつって面白いポイントを上手くまとめたイラストとか図とか漫画とか載せている人いるけど、ああいうの全部オタクは誰に頼まれるわけでもなく、自発的にやるんですよ。
それもこれも自分の好きなジャンルの沼に一人でも多く引きずり込みたいから。その沼の面白さを一人でも多くの人に知ってほしいから、やるんです。
ちなみにこの時のめりさんの布教活動は、めりさんの個人サイトからダウンロードできますので、ぜひプリントアウトしてみてください。とても分かりやすいから!
めりさんのサイト→壺屋の店先
※こちらの「展覧会ガイド」からダウンロードできます。
ティツィアーノとヴェネツィア派展
続いて2017年に東京都美術館で開催された「ティツィアーノとヴェネツィア派展」の非公式ガイド「ヴィネジア瓦版」です。
「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち展」のガイドは運よくめりさんと会わなければ手にすることができなかった幻のガイド。しかしこちらはコンビニのネットプリントで誰でも印刷できる仕様でした。
これ、本当にありがたくて、私は瓦版vol.2を待ってから展覧会に行ったのですが、このネップリ仕様へのアドバイスは実はTakさんからのものだったと知り、Takさんナイス! と心の中で拍手しましたね。こちらも現在、めりさんのサイトからダウンロード可能です。
→「壺屋の店先」 エントリも面白いのでおすすめ。
ついに公式へ!「レオナルド×ミケランジェロ展」
非公式ガイドで布教をおこなっていためりさんのもとに、ついに公式から仕事の依頼が入ります。
それが「レオナルド×ミケランジェロ展」(2017年/三菱一号館美術館)。
毎週金曜、読売新聞の夕刊にて全4回の4コマ漫画の連載。記憶にある方もいるのではないでしょうか。
伝記ソースではなく各人と接した人が記録している話がネタになっており、2人の芸術家の個性的が光る展開となりました。
ちなみに今月19日からはじまる「ミケランジェロと理想の身体展」(国立西洋美術館)。
めりさんによる非公式ガイド私的な鑑賞ガイドがふたたび発行されるかもしれないので、ぜひめりさんのTwitterをチェックしてみてください!(@cari_meli )
つーか、ミケランジェロ展の音声ガイド、安元洋貴なのな!?!? 今知ったわ……。
クーリエ・ジャポンでの連載、そして書籍化へ
このような地道な活動が、クーリエ・ジャポンでの連載に繋がります。
当初「ルネサンス美術にひそむ政治的なものを語る」というコンセプトだったそうですが、連載内容はいきいきとした芸術家たちの仕事術へ。これが人気を博します。
しかしクーリエでの連載にあたり、苦労された点もあったそう。
・つい情報過多になってしまう(文字数の問題も)。
・研究寄りすぎるネタはNG。
・結論として問題のあるものもNG。
などなど、面白いけどボツになってしまったものも(ボツになったエピソードも、イベントの中で話してくれました)。
また、心掛けていたというのが「かならず現代にも通じる事象について語る」ということ。
この連載の最大の魅力って、これなんですよね。
連載または『ルネサンスの世渡り術』を読んでみると分かるのですが、どれも現代にも言えることばかりで、驚くことにこの世界は500年前とさほど変わりはないんですよ。
そういったエピソードを毎月1話連載し、1年間で全12話。
かなりまとまったかたちになっているのですが、残念ながらクーリエはいずれの連載も書籍化していない。書籍化するのであれば、どこか出版社を見つけなければ……ということでめりさんが「どこかの出版社で書籍化しませんか?」とツイートしたところ芸術新聞社が名乗りを上げ、約半年後の5月25日に『ルネサンスの世渡り術』という書籍が刊行されたのでした。
おわりに
『ルネサンスの世渡り術』。
世渡り術というだけあって、美術目的でない人にも十分楽しめる内容です。
というか、日々仕事に対して疑問を抱いている人、ここで一生終わらせるのかと悩んでいる人、人間関係、給料のこと、そういったことにもやもやしている人にこそ読んで欲しい本です。
何故なら、そういっためちゃくちゃ身近なもやもやを巨匠たちも抱えていて、彼らなりにその問題に対処してきた、それを12通り厳選してまとめてあるのがこの本だから。
きっと読み終わるころには、ブルネレスキのような自信がわいてくるはず!!
オタクからビジネスマンまで、あらゆる人におすすめです。