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【企画展】生誕150年記念 横山大観 ー東京画壇の精鋭ー 展 行ってきた

@山種美術館

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手前:《霊峰不二》 横山大観 1937年 絹本・彩色 山種美術館

 

大観と言えば2013年に横浜美術館「良き師、良き友」展が開催されましたね。タイトルの通り交友関係がしっかり描かれた展覧会だったので、画家としての大観だけでなく、サイドストーリーとか、人となりを知ることができた記憶が。

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で、新しい今年は記念すべき横山大観の生誕150年および没後60年にあたる年。
東京国立近代美術館でも4月に大々的な回顧展が開催されますね。
本展はそれに先駆けて、山種美術館が所蔵する大観作品をなんと開館以来初の一挙公開(資料を除く全41点)!さらには同時期に活躍した大観ゆかりの東京画壇の精鋭たちによる作品などもあわせて展示という、当時の日本画シーンがわかる内容となっていました。

また、山種美術館創立者である山﨑種二と大観の深い交流があったからこそできる「ならでは」の(というか、山種でしかできない、ある意味ずるい!)大観展となっていた、そういった印象も強かったです。
※写真は美術館の許可を得て撮影しています。

 

本展の構成とみどころ


本展は「第1章 日本画の開拓者として」「第2章 大観芸術の精華」「第3章 東京画壇の精鋭たち」という全3章にて構成されています。

大観って明治元年に生まれて昭和に亡くなっているので、明治・大正、そして第二次世界大戦も体験しているんですよね。その中で東京画壇もいろいろあって、ある意味かなりサバイブした人なんですよね。そういったところが、大きく章立てで、時系列で語られています。

そしてみどころは以下の3点。
①開館以来初!山種美術館の大観コレクション全点を一挙公開。
②新たな日本画の創造に挑んだ大観の、多彩な芸術を紹介。
山種美術館創立者・山﨑種二と親しく交流した、東京画壇の精鋭たちの作品も展示。

今回みどころ①はかなり重要なんだと思いますが、それが②に活きています。特に水墨画巻はのちの《生々流転》(本展覧会には出品されていません/東京国立近代美術館蔵)へ繋がるような片鱗もいくつか見受けられました。
そして一見おまけのように見える(失礼)③の“東京画壇の精鋭たち”ですが、横浜美術館の展覧会でもあったように大観は人づきあいの多い人で、孤高の画家では決してなかった。故に他の画家たちとの繋がりは大観作品を語る上で切り離せないところもあるわけで、それぞれの作品に添えられた大観とのエピソードは鑑賞の理解を一層深めてくれました。

 

 

実際に観てきた!

第1章 日本画の開拓者として


この章では主に東京美術学校で師事した橋本雅邦や、共に学んだ菱田春草、下村観山らの作品や、大観の明治末期から大正期の作品が紹介されています。
この時期大観的になかなか激動の時代だったのですが、どれだけ大変だったか、その臥薪嘗胆っぷりには深く言及せず、状況の中でどのように画技を固めていったか・画風を変えていったかの試行錯誤に注目。
師・橋本雅邦の作品、そして共に切磋琢磨し合った仲間である西郷孤月や菱田春草らの作品を並べることで、この時代の大観がどのように絵に対峙していたかが分かりました。

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深山幽谷図》 橋本雅邦 1899年 絹本・墨画淡彩 橋本雅邦、やっぱり上手い……!

中でも先ほど述べた水墨画巻の《楚水の巻》《燕山の巻》、これは大観が中国旅行に行った体験をもとに描かれたものなのですが、とーっても良い。連なる景色が心地よいです。

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《楚水の巻》※部分 横山大観 1910年 紙本・墨画 ※期間中巻替えあり

山下裕二先生曰く、雪舟の《四季山水図》を意識しているように見えるが、もっと遠近法を極端に用いている」とのことですが、そう、遠近法をはっきり使っていて、そういうところにもしかしたら、もともとは帝大で工学を学ぼうとしていた大観の視点みたいなものが現れているのかなと思ったり。

あとは《喜撰山》が印象的だったなあ。このあたりは《夜桜》(今回出品作品ではない/大倉集古館)に見られる色使いがあったりとだいぶ大観様式に到達している感が。
大正時代はグリーンを基調とした作品が多いようで、速水御舟も青を多用した時代があったみたいだし、みんなそういうブームみたいなものは持っていたのかもしれませんね。

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右:《喜撰山》 横山大観 1919年 紙本・彩色

このように南画や文人画的な表現になっていますが、私は同時に不染鉄っぽさも感じまして、そういや不染鉄って日本美術院の研究生だったこともあるから、どこかで大観の影響とか受けていたりするのかしら。

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参考資料(本展出品作品ではありません)《山》 不染鉄 奈良県立美術館蔵

 

ちなみに1章にあります《作右衛門の家》。こちら、今回の写真OK作品です。

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《作右衛門の家》横山大観 1916年 絹本裏箔・彩色 山種美術館

この“作右衛門”という人、一体誰なのか、どういうストーリーなのか今も謎に包まれているそうな。
地は絹本の裏から金箔を施した裏箔の技術が用いられており、それゆえにしっとりした空気が再現できているそうです。
いやほんと、このうっそうとした緑の中を歩く人物が吸っている空気そのものの、植物の香りがする湿度がこちらにも漂ってくるかのよう。写真OKの作品ではありますが、写真じゃこの何とも言えない技法を味わうことはできないので、ぜひ会場に足を向けて体験しておきたいところ。

 

第2章 大観芸術の精華


時は昭和に入り、天心没後に復興させた日本美術院(再興院展を中心に精力的な活動をする大観。
1930年にローマ日本美術展覧会使節団長になるわ、翌年に帝室技芸員に就任するわ、第1回文化勲章を受章するわ、帝国芸術院会員になるなど飛ぶ鳥を落とす勢い、押しも押されぬ存在になっていくわけです。「朦朧体」と後ろ指さされてプークスされていた頃とは大違い。

で、この頃より富士を量産するようになったわけですが、山種美術館」で「富士」と言えば、そう、心神何と言ってもここには《心神》がある。ここでやるからこその最強のカードと言ってもいいかもしれない。

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左:《富士》横山大観 1935年頃 絹本・墨画淡彩 右:《心神横山大観 1952年 絹本・墨画淡彩 ともに山種美術館

以前もブログでも書いたけど、(事業も成功しているようだし)「ここらで人のためになることを始めてみてはどうか」という大観の言葉が、「お世話になった下町の人たちに恩返しがしたい。着流しに下駄で近所の人たちが気軽に立ち寄れるような美術館を作りたい」と考えていた種二の背中を押したのだそうです。
美術館を作るならばという条件で購入が許されたのが、この《心神》なんですって。
つまりこの絵は山種美術館の設立に深くかかわっているというわけです。

ちなみに大観によれば、古い本の中に“富士”を「心神」と呼んだものがあるということでした。
大観の富士に対する考えも全てこの言葉に言い尽くされているとのこと。また、魂を指す意味もあるようで、種二の美術館への想いにも重なるのかもしれません。
このほかにも展示室入ってすぐのケースには《霊峰不二》があったり、生涯で2,000点にも及ぶといわれるほどの富士山の絵を描いたというだけあって、富士モチーフがいくつも展示されていました。

また、この章は水墨画のボリュームが結構あるのですが、この時代の水墨作品には第1章で取り上げられていた《楚水の巻》《燕山の巻》から始まる水墨画の研究の成果が表れているということでした。
その中で「片ぼかし」と呼ばれる技法(墨線の片側をぼかして山の稜線などを表現する技法)は大観が得意としたもので、これは当初橋本雅邦に師事していた頃の古画の研究から独自に会得したものとのこと。墨の濃淡を駆使した描写は時折「朦朧体」を思わせるようなところもあり、天心が指導したことは日本画を描くうえでやはり必須であったんじゃないかなと感じずにはいられませんでした。

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《月出皎兮》横山大観 1953年 紙本・墨画彩色 山種美術館

 

ところで度々「古画に学んだ」ということが強調される大観。
南画的なゆったりとした画風を観ていると、とても古画だとかゴリゴリの狩野派だった橋本雅邦に師事していただとかは遠いような気がしてしまいますが、牧谿《観音猿鶴図》を完璧に模写できるほどの高い画力を持っていたのも事実。

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参考画像(本展には出品されていません)《観音猿鶴図》牧谿 絹本墨画淡彩 大徳寺

安田靫彦によれば、若い世代の画家たちが洋画のような写実に向かっていくのに反し、大観は強く伝統精神の方を強調していったそうです。
そこには創造性があって、馬遠でも雪舟でもなく、強烈なオリジナリティが存在すると語っているのだけれど、そのオリジナリティを発揮する土壌には、やはり今まで積み上げてきた研究が生きているんじゃないかなと思いました。
大観筆の同作は東博に所蔵されているらしいので、いつか観てみたいな。

 

ところでこの第2章には資料的な作品もありまして、なんと大観が絵付けをした器が公開されているのである。ほかに香合や棗もありました。

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絵見本茶碗《寒山拾得》 絵付:横山大観 山種美術館

 

また、先の川端龍子展や川合玉堂展でも書きましたが、大観・玉堂・龍子のグループ展に関する作品も出ています。

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そうだ忘れちゃいけない、大観と交流のあった山種美術館だからこそ展示できるもう一つがこれ。

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銘板「嶽心荘」 書:横山大観 山種美術館

大観は第二次世界大戦の戦中・戦後の時期に、熱海の来宮にある種二の別荘に数年間滞在しており、そこを「嶽心荘」と名付けました。展示されている銘板は、大観揮毫の書による別荘の名称を木彫りにしたもの。
大観、自邸建設のための資産運用も種二にお願いしていたそうで、そうなってくるともう親交があったというより、かなり信頼関係が深かったという感があります。

 

第3章 東京画壇の精鋭たち


3章は先に述べた通り、種二と、そして大観と親しくしていた東京画壇の精鋭―――というかもう今となっては大御所たちの作品がずらっと並んでいるわけでして、同世代の川合玉堂大観と同様に院展を活躍の場にした小林古径安田靫彦前田青邨、奥山土牛。
また、東京美術学校の後輩ともいえる山口蓬春、橋本明治、東山魁夷、杉山寧……という、錚々たる面々。

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左:《牛》小林古径 1943年 紙本・彩色 右:《松竹朝陽》川合玉堂 1956年頃 紙本・彩色

 

その人たちと大観とのエピソードを示す作家の言葉がパネルになっていたりして、心温まるものあり、無茶ぶりしてるな~と笑ってしまうものもありで、コミュニケーション能力の高かった大観らしさに満ちています。
奥山土牛も富士を描いているんだけど(《山中湖富士》)、大観から「山水を描くにしても、宇宙を描くくらいのつもりじゃないとだめだ」的なアドバイスをもらい、そこで「えっ?宇宙!?」とならずに、そうか、万物を捉えるくらいの気持ちじゃないとだめなんだと素直に受け取る土牛の素晴らしさに微笑ましくなるし、安田靫彦岡倉天心先生も横山大観先生も織田信長のように苛烈であった……」とコメントしているところを見ると、怒られたことあるのかな?と邪推してしまったり。
とはいえ大観、すごい良い笑顔で笑うんですよね。

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1952年の横山大観 (Wikipediaより)

なんか許せちゃうよね。交友がたくさんあったのもわかるわ……

 

そうだ、年明けではありますが、この章には東山魁夷の《年暮る》も出てます。同館でも高い人気を誇るこの作品。しんしんという音が聞こえてきそうな静謐な風景は、天気予報に雪マークが出てきた今の時期に見ると雰囲気も一入です。

 

イメージ和菓子とグッズ


さて。恒例の鑑賞後のお楽しみは、「カフェ椿」による、出品作品をイメージした和菓子ですね。
鑑賞前でも良いですが、展示室で作品を鑑賞しながらキャプションについている「和菓子になってます」マークを頼りにお目当てを決め、余韻を楽しみながら戴くのはまた格別の味わい。

ここは《心神》をイメージした「雲の海」(黒糖風味大島あん!)といきたいところですが、これからの季節と次回展に想いを馳せて《山桜》をイメージした「花のいろ」(杏入り練切り・こしあん)も捨てがたいですね。
その他「冬の花」も可憐だし(柚子あんだし)、「不二の山」も清々しい。「葉かげ」は撮影OKの《作右衛門の家》がモチーフなので、思い出作りにはぴったり。まあ、いつもの如く迷いますよね……。

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文字がごちゃついて見難いですが、どれも可憐で美味しそう。

今回グッズもかわいくて、特にこの「コバコ」というキャンディーBOXはちょっとしたプレゼントに喜ばれそう。モチーフの切り取り方も良いので、食べ終わった後も箱を使い続けたくなります。

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コバコcovacoはそれぞれ800円。《木兎》が小りんご飴、《心神》がサイダー飴です。

 

 

今回の展示は個人的にはかなりストイックに攻めているなという感じがしました。
それは無味乾燥というわけではなく、大観の人となりを織り交ぜながら、多彩な画風・画技を紹介しているという印象。この展示を観るとその多彩な画業から「もっと大観作品を観たい!」という気持ちになるので、そこから近美の大観展を楽しむのも良いかもしれません。

ともあれ山種でしかできない展覧会、2月25日までなのでお早めに。

 

概要

【企画展】生誕150年記念
横山大観 ー東京画壇の精鋭ー