@山種美術館 (※写真は美術館の許可を得て撮影しています)
リリースが出た時から楽しみにしていた展覧会。
もしかしたら山種美術館の展覧会の中で、今年一番楽しみだった企画かもしれない。
────というのも、2015年にdddギャラリーで開催された「20世紀琳派 田中一光展」を観に行けなくて、いつか琳派×田中一光の展覧会を観ることができたらなあと思っていたからなのです。
今回のチラシを見るとわかるのですが、俵屋宗達が平家納経の補修作業に携わった際に補作したとされる《平家納経 願文見返し》の鹿図を、一光は《JAPAN》という作品において、多少手を加えつつもまるっと引用している。
琳派といえばコピペ(およびカット&ペースト)やデフォルメなどの技術が特徴的ですが、ここまで分かりやすい(技術含めた)オマージュもちょっとないのでは? 一光の作品にはこういうのがたくさんあって、「琳派愛」みたいなものがダイレクトに伝わってきて、しかも時代と調和しているので観ていてとても楽しい。
※《平家納経》原本は国宝なので借りるのが困難とのこと、代わりに会場には田中親美による精巧な模本が展示されています。
そんなわけで今回の展覧会がどうだったかというと、もう琳派はこの先もずっと日本のDNAとして繋がっていくんじゃないかなと思わせる内容でした。
いつも以上に意図がはっきりとわかる内容になっていて、第1章、というか、展示室に入ってすぐの導入の部分ですでに簡潔に説明されているので、その詳細を各章で確認していく感じ。
17世紀に生まれて100年ごとにアップデートされ、近代・現代にも馴染んでいる。主だった師弟関係は酒井抱一と鈴木其一のあいだにしか存在しないのに、しかも連綿と続いているわけではないのに、400年間受け継がれているってかなり不思議。
そう、かなり不思議なんですよ。かなり不思議なんだけど違和感なく継がれていっている、それを肌で感じることができる展覧会でした。
琳派を代表する絵師の作品が揃っている
展覧会は全3章で構成されており、
第1章 琳派の流れ
第2章 琳派へのまなざし
第3章 20世紀の琳派・田中一光
────というようになっています。
「琳派」と聞いて思い浮かぶ俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一をはじめ、2016年にサントリー美術館での展覧会でも大きな注目を集めた鈴木其一、そして「近代の琳派」、「最後の琳派」と呼ばれることも多い神坂雪佳といった、いわゆる琳派の主な絵師たちの作品は、第1章に集まっています。
この章で一番嬉しかったのは、神坂雪佳の『百々世草』が展示されていたこと。
雪佳のデザイン帖とも言われるこの本は、高島屋の広告に使われたり、エルメスの出版物の表紙を飾ったりしたこともあるので結構有名なんじゃないでしょうか。
ゆるく、かわいく、隙があるようでいて隙のないデザイン。
思い切りデフォルメされているものもあれば、そうでないものもあって、バランスがすごい。
「日本の、何気ないけれど愛らしいもの」が集約されている気がします。(もちろん琳派らしいお題のものも、雪佳なりに消化されていて良いです。)
こちらは前期と後期で展示替えがあり、後期は大好きな《雪中竹》が出るので行かねばなるまい。
雪佳といえば《蓬莱山・竹梅図》も出ていて、こちらも素晴らしい。しかし蓬莱山のどこに鶴と亀がいるか見つけられなかった……。(そもそもいるのかな??)
また、現在東京国立博物館では抱一珠玉の《四季花鳥図巻(巻上)》が出陳中ですが、本展に出ている《秋草図》も最高にかわいいから観てほしい。表装との相性もばっちりで、これが出るたびに小躍りしてしまいます。
そして恒例となった写真撮影OKの1点。今回は修復を終えて初のお披露目となる、伝 俵屋宗達《槙楓図》がそれにあたります。
この木々の不思議なうねり方は見事に継承されていっていますよね。かと思えば直立している槙もあり。
宗達の他の作品にも共通するそのリズムたるや、一体どういう感性をしていたのか感嘆しきりです。
あと、この章にある其一の《牡丹図》。其一っぽくない気がしないでもないのですが、それに対する研究を山種美術館の学芸員である塙氏がされており、一年前に開催された「花 * Flower * 華 ―琳派から現代へ―」展の図録にて詳しく言及されていますのでそれを読んだうえで鑑賞すると理解が深まります。
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日本画家たちによる琳派への探求心
第2章は速水御舟、福田平八郎、加山又造をはじめとする近代・現代の巨匠たちが、琳派を学び、自らの作品に取り込んでいった様子を展覧します。
一番目を引くのは、やはり速水御舟の《翠苔緑芝》でしょうか。
ここに描かれているウサギの足は、宗達が手掛けた養源院の杉戸絵に影響を受けているのではないかとも言われています。
また、個人的には金地に浮き上がる鮮やか緑の地面は、第1章にある光琳の《白楽天図》の陸地にも通じるような気がします。
というか《白楽天図》、強引にレイヤーを重ねているようでいてバランスが取れているのがすごいのだ。根津美術館で行われた展覧会「光琳と乾山」にもほぼ同じ構図の《白楽天図》が出ていましたが、本展に出ている方が後に描かれたものなのではないかと言われています。
続いて琳派の作品に影響を受け、自分の画風に上手く吸収しているなと思わせたのは菱田春草の《月四題》。
この月の部分は、外隈(外側をぼかし、対象を白く浮き立たせる技法)を使っており、第1章の抱一作品にも見られるとともに、作品全体のテーマは琳派に先例がある「水墨を主体に月と四季の草花を組み合わせる表現」にも通じます。
この、思い切り「琳派」しているわけじゃなく、自分の画風に必要なところだけ取り込んでいるところがとてもかっこいい。
ところで琳派とは関係ないけど、この四題のうちの「秋」に描かれた葡萄。ちょっと若冲みも感じました。春草って若冲とか観ていたのだろうか? 抱一は若冲を観ていたそうで、そこから繋がるものがあったりするのかな……? と思ったり。
(あと、山種美術館の山崎館長が乙女ゲー「明治東亰恋伽」をご存知だったことも、ここに記しておきたいと思います。)
もう一人、「抱一に通じる!」と思わせたのは、山元春挙の《春秋草花》。とくにこの菜の花とモンシロチョウのコンボはめちゃ分かりやすい。
いや、上で「思い切り琳派しているわけじゃないところがかっこいい」って書いた直後にアレですが、こういう直球なやつにも弱いのだ(笑)。
また、モティーフの配置や連続性に定評のある福田平八郎。今回出陳されている作品はどれもこれも可愛くて、とくに《芥子花》は刺繍になったりテキスタイル化もありだな~と思っていたら、Tシャツになっていました。
こちらは3サイズ展開で、男性も着ることができるそうです。ジャケットから愛らしい芥子花がチラリとのぞいていたら、思わず「お!」と反応してしまいますよね。
今村紫紅が絵付を担当した《絵御本茶碗「風神」》も面白かったですね。初めて観た。
また、この章で紹介されている加山又造の《濤と鶴(小下絵)》。こちらは美術館に入った瞬間目にするレリーフ《千羽鶴》の下絵です。描かれた波(濤)の妙を間近で確認するチャンス。
田中一光と琳派の作品を同時に楽しむ
第3章の主役でもある田中一光。
冒頭でも書いた通り、かなり直球なかたちで琳派のモティーフを引用していますが、そこに20世紀らしい手を加えているところもまた、琳派の伝統なんですよね。
こちらは著作権的なアレで写真を載せることはできませんが(笑)、一光が琳派をどのように捉え、学び、敬愛したかがひしひしと伝わってきます。
この時代、絵画の方では琳派を意識したものもあったけれど、彼のフィールドであったグラフィックデザイン界ではあまり重要視されていなかったようで、なかなかに孤独な思いをされたとか。
しかし琳派を「あまりにも日本的な情感に満ちたぬくもりと、そのやさしい懐の中にすべり込みたくなるような、ふくいくとした香りがただよっているからだ」とか、「優しい琴の音の響きのようでもあり、また反対に乱拍子の笛の息のようにも鋭く、日本人の血をわかせるようなものをもっている」(※1 と表現しているように、彼には琳派は日本人のDNAに根付いた感覚であるという確信があったのだと思います。
デザインとしても、絵画としても優れている琳派ですが、単純に「いいなあ」と思うのはやはりそういった感覚に付随する文脈があるからなのでしょう。
そういった観点から、冒頭で述べたように「琳派はこの先もずっと日本のDNAとして繋がっていくんじゃないかな」と思わずにはいられないのでした。
※1:(「永遠の琳派」『日本の美〈第5集〉宗達 光琳 京焼』学習研究社、1977年)より
展示の後のおたのしみ
造形に優れた琳派ということで、いつも以上に期待が高まってしまう「Cafe 椿」の特製和菓子。
燕子花の季節なのと、雪佳が好きなのとで「初夏」をいただきましたが、もう少し季節がすすんだら「涼かぜ」も良いな。後期はそちらを試してみたいと思います。
※どの絵がお菓子に採用されているか、会場にマークがあるので鑑賞しながら選べます。
そしてグッズ。
先にも述べたように、福田平八郎の《芥子花》Tシャツはマジで可愛い。
また、新作グッズとして速水御舟の《翠苔緑芝》、荒木十畝の《四季花鳥》(うち秋と冬)が使われたマルチホルダーが登場。通常のチケットホルダーより少し大きめのサイズなので、ポストカードも入るのではないでしょうか。ミュージアムショップでせっかくカードを買っても、鞄の中で折れたりすることもあるから、こういうグッズはほんとありがたい。
年に1回はどこかで目にする琳派展ですが、20世紀までその系譜を延ばしたものはそうそうないと思います。まさに温故知新という言葉がぴったりでした。我々の時代だとやはり杉本博司でしょうか。また、未来の琳派はどんな意匠を見せるのか、伝統が繋がっていくのはいろいろな楽しみ方ができますね。
概要
【特別展】
琳派 俵屋宗達から田中一光へ
・ 会期:~7月8日(日) 前期:~6/3、後期:6/5~7/8
・休館日:月曜
・会場:山種美術館
・開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで)
日本画の専門美術館 山種美術館(Yamatane Museum of Art)
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NTTレゾナントが運営するポータルサイト「goo」のサービス「いまトピ」にて、3月からコラムを連載することになりました。
私以外の執筆陣の記事はどれも有益なものばかりなので、本展に関連する記事のリンクを貼っておきます。
ぜひ読んでみてください!
*周辺施設やアクセスに関する記事です