雨がくる 虹が立つ

ひねもすのたりのたり哉

「酒呑童子絵巻」にて、彼の知られざる過去を知った

源頼光の化け物退治物語が好きだ。
それらは大スペクタクル絵巻になることが多く、派手なアクションあり、ユーモアありの、盛りだくさんな世界でできあがっている。

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《土蜘蛛草紙》東京国立博物館

 

《土蜘蛛草紙》を観て、その独特すぎる雰囲気のファンになり、あわせて彼の仲間である渡辺綱が好きになった。渡辺綱は付き合いが良いのだ。そして刀剣乱舞でもおなじみ、「髭切」のかつての主でもある。

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重要文化財 太刀 銘安綱(名物髭切・鬼切) 北野天満宮


 

そんな頼光と綱たちが活躍する酒呑童子退治の物語。
話は至ってシンプルなドラゴンクエスト的展開なのだけれど、ここへきて酒呑童子の過去を初めて知り、その衝撃がとても大きいものだったので忘れないように書いておこうと思う。

 

 

 

根津美術館が持っている「酒呑童子絵巻」

根津美術館にて企画展酒呑童子絵巻」が開催されているので観に行った。

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まず、酒呑童子絵巻とはなんぞやというと、悪さをする酒呑童子という鬼を、源頼光と彼に従う頼光四天王、そして藤原保昌が退治しに行くという話である。
前述のとおり、シンプルな勧善懲悪物語の中に派手なアクションが盛り込まれており、最終的にハッピーエンドとなるので人気が高い。
主人公をはじめ実在の人物も登場するうえに、頼光たちが寛仁元年、実際に大江山に夷賊追討に行っているというところもポイントが高い。完全なるフィクションではなく、史実が垣間見えるというところにミステリアスな魅力があるのだ。
話自体は14世紀に成立されており、最古のものは「大江山絵詞」(逸翁美術館)だといわれている。

この「大江山」というのが何かというと、酒呑童子の話には大江山バージョン伊吹山バージョンがあり、まあ酒呑童子の住んでいる山が話によって大江山伊吹山かっていうことなんだけど、根津美術館が持っているのは3巻とも伊吹山バージョンということだった。
今回展示されているのは16世紀に描かれたものと17世紀に描かれたもの、そして19世紀に描かれたもので、どれもそれぞれ特徴がある。

まず16世紀、室町時代に描かれたものは絵がとても素朴だった。
キャプションには「絵柄が稚拙でキャラの描き分けができていない。場面によって服の柄が変わるのでキャラを特定できない」というようなことが書かれており、編集者による漫画の持ち込みをした人への批評のようで笑ってしまったが本当にその通りだった。
ただ、それを補って余りあるほどの躍動感があり、酒呑童子の表情もどこかユーモラスで悪役ながらに憎めない……と私も持ち込み漫画への批評のようなことを思ってしまったのだが、酒呑童子の顔の造形は、昨今節分用の豆についてくる鬼のお面のようで大変愛嬌があった。

続く17世紀のものは伝 狩野山楽というだけあって、いきなり優美な画風となる。
この「酒呑童子絵巻」はおそらく討伐の話よりも、彼が住む屋敷にある「四方四季の庭」を描きたいだけ、もしくは四季をひとつの絵巻に描きたいがためにこの話を取り上げたと言って良いのでは? と思うほど、四季花鳥の描写に力を入れていた。
ちなみにキャラの描き分けは衣服の違いのみで、顔はほぼ全員同じであった。

そして19世紀。住吉派の絵師、住吉弘尚によって描かれた「酒呑童子絵巻」である。
通常酒呑童子絵巻は、なにやら悪さをする酒呑童子というやつがいるらしい。皆困っているから退治しに行くぞ! というところから始まる。しかしこの住吉弘尚によって描かれたものは、前半をがっつり酒呑童子の出自にあてて描いているのだ。

酒呑童子の出自なんて考えたこともなかったが、知ることができるならぜひ知りたい。
先日「エクソシスト」を久しぶりに観たのだが、ある日突然、悪魔と縁もゆかりもない少女がいきなり取り憑かれ、えっ? 伏線ってなかったっけ!? とびっくりしたのだ。伏線は大事。酒吞童子がなぜそこに住み、悪さをするようになったのか。由来があるなら知っておきたい。


しかし絵巻を観て驚いた。
そこには我々の想像を絶するような、不憫な生い立ちがあったのだ。

同情したくなる酒呑童子の壮絶な過去

酒呑童子はもともと鬼として生まれたわけではなかった。では何だったのかというと、この絵巻では古事記日本書紀までさかのぼる。
八岐大蛇ヤマタノオロチ)と素戔嗚尊スサノオノミコト)の戦いはご存知だろうか。八岐大蛇にさらわれた美しい娘を素戔嗚尊が救出する、これまた「ドラゴンクエスト1」というか「聖ゲオルギウスと竜」というか、そういう系列の話だ。

しかしこの話には続きがあり、戦いに敗れた八岐大蛇の霊魂が近江の国・伊吹山にとどまるんですね。人々は「伊吹明神として祀りますから、何卒静かにしておいてください」とお願いし、まあしばらくは平穏な時間が過ぎる。
しかしある日、近江の国で事件が起きた。
近江に住む郡司(役人)の娘のもとに、なにやら夜な夜な高貴な人物がやってきていることを彼女の母親が目撃する。
この娘、末は帝のところへと郡司が目論んでいたくらいだそうなので、相当な美人だったらしい。そういったプランが台無しになってしまうこともあってか娘を問い詰めたところ、「どんな人だか実は良くわからないんだよね」と宣った。良くわからない人だけど、だいぶ前からやってきているという。
さらに驚くべきことに、娘は妊娠しているというではないか。

いろいろ探っていったところ、なんとその男は伊吹明神だということが判明。異類婚姻譚というやつですな。
てっきり一悶着あるかと思いきや八岐大蛇こと伊吹明神は娘にメロメロで、2人は見事にハッピーエンド。けれど子どもを育てることはせず、郡司(娘の父親)に預けてしまうのだ。

もうお分かりかと思うが、この子どもこそが後の「酒呑童子」である。
さてこの童子、姿はお母さん似なのかなかなか綺麗な顔しているのです。さらに郡司の家で育っているので、それなりに裕福な身なりをしている。ただし3歳から大酒飲み! こら流石にまずいよなってことで比叡山に修行という名のアル中治療に出るのである。

童子比叡山にて伝教大師最澄のもと頑張るんだけど、ある日寺で大々的なイベントをやるから何か出し物を考えようということになり、ならば「鬼踊り」なんてどうですか? と童子が張り切って提案する。踊りに使うお面3,000個は自分が7日以内に作り上げるんで! とやる気満々の童子なんだけど、普通に考えたら子どもに一週間で3,000個のお面を作らせるとか可哀想だよな……。

しかし童子はやり遂げるんですよ。しかもクオリティの高いものを完全納品。
かくしてイベントは大成功し、見に来た帝も大喜び。童子をはじめ、皆に酒が振舞われるんですね。
今日くらい良いよね? と思っても、断酒しようと思ったのなら完全に断ち切らないとだめなんだよって落語の「芝浜」でも言ってるけど、飲んじゃうの、童子。そんで案の定大暴れしてしまうの。酒癖が凄く悪いから。
その後みんなから大バッシングを受け、最澄からも「うちではもう面倒見きれません」と比叡山を追い出されてしまう。この時の童子の後ろ姿、結構しょんぼり描かれていて趣があるのだ。

で、とぼとぼと郡司の家に帰り、かくかくしかじか話したところ、郡司が重大な話を切り出すわけ。

郡司「実は……お前の本当のお父さんは、伊吹明神なんだ」

 

……まあ、童子は驚きますよね。伊吹明神って人間じゃないじゃんってなるわな。
郡司は童子に対し、本当のお父さんのところに行ってみたら? と提案する。伊吹明神ならアル中の治療方法くらい知ってるかもしれないもんね。

かくして伊吹明神が祀られているところへ童子が行くと、夢枕に伊吹明神が立つんですね。何か優しい言葉でもかけてくれるのかと思いきや、「お前がアル中なのは遺伝だから仕方ない。北西に磐があるからそこに住んで、もう悪さはしないこと! じゃないとお前はダークサイドに落ちるからね!」と、身も蓋も無いことを言う。毒親である。
なんかもっとこう、明神なんだから神通力的なものでなんとかならんものなのかしらと思っちゃう。

私だったらこの時点で確実にアウトローになっていると思うんだけど、童子は100年ほどちゃんと磐に籠るのだ。でも100年経って悪さをし始めるんですね。もうこの世には最澄空海といった強力な僧侶がいないから、まあ調伏されることもなかろうということで、鬼を集めて結構派手にやり始める。

ここで通常の「酒呑童子絵巻」の流れに合流します。
安倍晴明が「これは酒呑童子という鬼の仕業である」とし、源頼光をはじめ渡辺綱、坂田公時、碓井貞光卜部季武というメンバーの頼光四天王、そして藤原保昌が加わった合計6人のパーティーで、いざ酒呑童子討伐の旅へ! という主流のストーリーがはじまる。

この絵巻でも最終的に童子や仲間の鬼たちは退治されてしまうんだけど、どうも出自を知ってしまうと同情してしまうというか、不憫だよなと思わずにはいられない。

そもそも郡司は3歳の子どもが酒を飲むのをなぜ止められなかったのか?
アル中治療で比叡山に来ていることを周りは知っていながら、なぜ童子に酒を注いだのか?
伊吹明神があのとき優しい言葉をかけていたら? 一緒にここで暮らせばいいよと言っていたら?
数えきれない分岐点の「if」があったはずなのに、悲しいかなバッドエンドに向かってしまった。童子目線で読み進めると、なんとも悲しいお話なのだ。

しかも童子、幼いころは綺麗な顔で描かれていたのに、大人になったキャラデザインが……「子どもみたいな髪型をした、40歳くらいのでかくて肥えたオッサン」という風貌で……そこもなんとなく可哀想になってしまった。本来の鬼の姿の方が良いというか、変化できるならもうちょい盛っても良かったんじゃない? と思わずにはいられない。

 

ともあれ酒呑童子の生い立ちを知ったのは初めてだったので、会場はかなり混雑していたけれど観ることができて良かったなと思った展覧会でした。

別室の展示室5に出品されていた狩野山楽筆の《百椿図》も久々に観ることができ、大満足。この《百椿図》は大変面白く、言うならば江戸時代のフラワーアレンジメント。当時ブームを巻き起こした椿をいろんなかたちで活け、そこに賛を添えた絵巻なんだけど、水戸黄門が参加したりしていて名前を見るのも面白い。
肝心のアレンジメントも多岐にわたり、オーソドックスに一輪挿ししたものから、鳥の羽を根元からもいだものの上に椿を乗せるなど前衛路線までカバーしていて見入ってしまう。
展示室6の茶道具の展示には、根津美術館館長による茶杓もあったりと楽しめた。

しかし絵巻の世界は奥が深い。
今後もいろいろと観ていきたいと思います。

そうそう、この酒呑童子の首を斬った刀《童子切安綱》。
現在東京国立博物館にて展示中です。

 

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太刀 銘 安綱(名物 童子切東京国立博物館

 

 

www.nezu-muse.or.jp

 

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《土蜘蛛草紙》を初めて見た時のエントリ。
このときは酒井抱一の《四季花鳥図巻》を初めて見たときでもあり、あまりの美しさに衝撃を受けたのをよく覚えている。

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