雨がくる 虹が立つ

ひねもすのたりのたり哉

東博「秋の特別公開」行ってきた

この先も、ずっとずっとこの絵が失われずにいますように。


大切に大切にしますから、どうかこの絵がなくなりませんように。

 

        

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そう思える作品がどれくらいこの世にあるのかわからないけれど、酒井抱一《四季花鳥図巻》を観て、心底そう思った。
細長く続く紙に、夏の終わりから冬にかけての、そのへんに生えてる草花とか虫や鳥が描かれているだけ。それだけなんだけど、その姿のなんと清廉で美しいことか。

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酒井抱一 《四季花鳥図巻》※部分 東京国立博物館



こんなにも素晴らしいものがこの世に存在していることにびっくりして、そしてこれが長い時を経て、鮮やかなまま現代に残っていることに奇跡を感じた。
だって下手したら、過去に失われてしまうことがあったかもしれないのだ。
そして同時に、この先の未来にそういうことが起きるかもしれないということに気づく。

ぞっとして、それから思わず祈ってしまった。

どうか、この先もみんながこの絵を大切にしますように。
ずっとずっと先まで、失われることがありませんように。

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酒井抱一 《四季花鳥図巻》※部分 東京国立博物館

こんなふうに、つい神様のような存在にお願いしたくなるようなことって、人生のうちでどれくらいあるのだろう?
そしてそう願いたくなるほどのものを間近で見ることができ、その世界の中を覗くような幸運を、この先どれくらい体験することができるのだろう?


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酒井抱一 《四季花鳥図巻》※部分 東京国立博物館

実物を観るとわかるのだけれど、この画巻は晩夏から冬までを力まず穏やかに緩やかに描いているのに、一切隙が無い。いわゆる箸休めのような箇所がひとつも無い。
だからこっちも一か所一か所かじりつくように見つめてしまう。
そしてついでにメルヘンなこと言わせてもらうと、観ているうちにこのミクロの世界で生きているような錯覚を起こすのだ。
ニルスのふしぎな旅」のニルスだったり、「とんがり帽子のメモル」だったり「スプーンおばさん」になったような気持ちになるのです。

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酒井抱一 《四季花鳥図巻》※部分 東京国立博物館


朝顔がこんなに青く瑞々しい。
蔦の造形が美しい。
目に見えるものだけじゃない、空気に葡萄の酸っぱい匂いが混じっているだとか、葉の色が変わってきて土が露でしめっているような感じがするだとか、鳥の羽根が冬毛になってきたからそろそろ北風で耳が痛くなる頃だなとか。

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酒井抱一 《四季花鳥図巻》※部分 東京国立博物館

嘘みたいだけど、小さくなってその季節の中にいるような気持ちになる。
私が撮った写真からだと絶対に伝わらないことなので、展示される機会がありましたら、ぜひ実物を体験してほしいなと思います。

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酒井抱一 《四季花鳥図巻》※部分 東京国立博物館


他にも抱一は《夏秋草図屏風》が出ています。もとは尾形光琳の《風神雷神図》の裏側に描かれていたというこの絵は、抱一の最高傑作と言われることもありますが、確かに「うーむ、まさに抱一だなあ」という気持ちにさせられる。
渋い銀に、枯れ草と冴えわたる群青。そして優雅に走る黄金の葉脈。

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酒井抱一 《夏秋草図屏風》 東京国立博物館

興奮してホワイトバランスの設定ちゃんとやっていなかったもんで、屏風が金地に見えますが、本物は少しひんやりとした銀色です。
特別公開とはいえ連休中日でもそこまで混んでいなかった。常設だからかな? 作品の前にソファがあるので、ガラスケースの前に人だかりができていなければ、向き合って静かに観賞することも可能です。

さて。他にも特別公開の品はいろいろ出ているのだけれど、ずっと気になっていた《土蜘蛛草子》
太平記』中の挿話や謡曲「土蜘蛛」として有名な、平安中期の武将・源頼光の土蜘蛛退治物語を描いた絵巻。

ある日、空を飛ぶ髑髏をみつけた頼光は、渡辺綱とともにこれを追って京都は神楽岡に至る。この地のあばら屋で出会ったのは数々の妖怪。ついには巨大なけものまでもが現れた。頼光と綱が力を合わせてこれを倒すと、その正体はなんと土蜘蛛だったのだ……! というあらすじ。

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《土蜘蛛草紙》東京国立博物館蔵 美人があばらやにやってきたと思ったらいきなり巨大化。美人という設定だからか、目がきらきら描かれている。


あばら家を舞台に、次々に登場する多種多様な妖怪と、これに立ち向かう頼光の様子が巧みに描かれるこの絵巻は、室町時代に流行する御伽草紙絵巻の先駆的作例と考えられているそうです。
また、素朴な画風の御伽草紙絵巻が多い中、この絵巻は鎌倉時代の正統派やまと絵の本格的画風を備えている点で貴重(以上e-国宝の情報)ということなんだけど……もう「ある日空飛ぶ髑髏をみつけた頼光は…」の時点で笑ってしまうんだよな。コナンかよ。こんなふうに書かれたらどうしたって続きが気になってしまう。

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《土蜘蛛草紙》 東京国立博物館蔵  当たり前のように化け物がちょっかいを出しにやってくる。

その後あばら家で90歳の巨乳おばあちゃんに頼まれごとをされたり、夜な夜な物の怪がやってきてはピンポンダッシュみたいな感じでちょっかい出されたり、美人が来たと思ったら巨人だったり……。
だんだん頼光の経験値があがっていくにつれてモンスターも強力になっていき、ラスボス戦でキングベヒーモスみたいなのを倒したら第二形態に進化して土蜘蛛になったりと完全にRPGの世界。

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《土蜘蛛草紙》東京国立博物館蔵 ラスボス線。『かいじゅうたちのいるところ』にでてきそうな顔をしている。

そう、RPGなのだ。化物退治譚は基本的にRPG系絵巻。ちょっとした好奇心から冒険の世界へと旅立つこういった絵巻は、くずし字が読めずとも楽しむことができる。しかし渡辺綱も付き合いがいいよなあ……。(そしていつかはくずし字を読めるようになりたい)

さて、最終的に頼光たちは土蜘蛛を退治するんだけど、退治された土蜘蛛の後ろには小さな土蜘蛛が描かれているのです。(この写真がどこかへいってしまった)
もしかして頼光が退治したこの巨大な土蜘蛛は、この子たちのお母さんだったのだろうか……?
裂かれた土蜘蛛の腹の中からはたくさんの髑髏が出てくるんだけど、もしかしたらこの子達を育てるために人間を殺していたのかもしれない。土蜘蛛にとっては悪意なき生存のための狩猟だったのかもしれない……。そう思うと「退治」とは、そして「化け物」とは一体何なのだろうか? と考えてしまうのでした。


今回の目玉は「秋の特別公開」の品ですが、他の展示品も良いセレクトになっていた。アイヌ琉球コーナー、今回はアイヌのターン。可愛い木彫りの人形もいくつか出品されていた。
コートを着てマフラーを巻いたウサギや、トナカイ(?)。トナカイは、今でもラップランドのお土産屋さんにおいてありそうなデザイン。

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《木彫》樺太ウェルテ (※樺太ウェルテは民族名)


博物画譜
のコーナーも面白かった。珍獣から植物画譜まで、面白いものがたくさん出ていました。

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左はマンボウ? とかジンベイザメか……?
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博物学譜なので実在の動物である
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植物画譜、とても良い。右は《赤毛雑話》といってオランダ人の衣食住について書いたもの。

精密工芸コーナーには単眼鏡がほしくなる作品が並んでいるのだけれど、旭玉山《牙彫髑髏置物》は凄まじくかっこよかった。独学で彫刻を学び、医学者・松本良順から人体骸骨の製作指導を受け、象牙彫刻による髑髏を得意としたそうです。
この作品しか観たことがないから詳しくはわからないけれど、なんとなく山本タカトとか澁澤龍彦的な雰囲気。

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《牙彫髑髏置物》旭玉山

常設は何度も観ているし、そんなに時間かからないかなと高を括っていたのですが、全くそんなことはなく3時間いても足りないくらいでした。
何度も観ているものでも、やはりまたじっくり観てしまうし、それだけのものが揃っているのでしょう。

「和様の書」の半券を持っていくと半額(300円)で観賞することができますので、お持ちの方はぜひ。
29日までなので、抱一の《四季花鳥図巻》だけでもいいから観てほしいな~と思います。いやあ、本当にきれいだったな。

 

概要

東京国立博物館秋の特別公開」

日程:2013年9月18日~ 2013年9月29日
時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
※土曜、日曜、祝日、休日は18:00まで
※2013年9月28日(土)は、特別夜間開館として20時まで。