雨がくる 虹が立つ

ひねもすのたりのたり哉

「フィリップス・コレクション展」に行ってきた。もはやここに住みたい。

三菱一号館美術館(※写真は美術館の許可を得て撮影しています)

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「フィリップス・コレクション展に行ったよー」と言うと、そこそこ美術鑑賞が好きな人からは「前にも来てたよね?」という答えが返ってくる。

 そう、2011年にも国立新美術館「モダン・アート,アメリカン-珠玉のフィリップス・コレクション-」が開催されていました。

 

 さて、フィリップス・コレクション

前述の「前にも来てたよね?」という人には、「来てたけど、前回とは全く趣が違うから行ってみて!」と勧めている。

2011年に開催された展覧会は、ダンカン・フィリップスが蒐集した作品からアメリカ絵画の変遷を読み解いていくキュレーション。
しかし今回は、彼が蒐集した作品から「ダンカン・フィリップスその人を読み解いていくキュレーション」となっているのだ。

どういうことかと言うと、「順路=ダンカン・フィリップスが作品を購入した年代順」になっているんですね。こういう構成ってなかなか無いのではないだろうか? 

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▲展示風景 暖炉の上にあるジャン・シメオン・シャルダンの《プラムを盛った鉢と桃、水差し》は、1920年収蔵のもの。こちら、2012年に開催された「シャルダン展」のときと全く同じ場所に展示されているそう。

 

うーん、なんというわかりやすさ! つまり我々は、第二次大戦や世界恐慌を体験したダンカン・フィリップスの経済状況および心理状況を、購入作品からひも解くことができてしまうというわけなんです。ある意味、とても赤裸々なキュレーション

そうそう、正式な展覧会タイトルを「全員巨匠! フィリップス・コレクション展」と謳うだけあって、来ている作品は巨匠のものばかり。ドラクロワ等19世紀の巨匠から、モネ、セザンヌドガゴッホカンディンスキー、モランディ、そしてブラック、ピカソといった普段あまり展覧会に行かない人でも知っている作家たちの秀作が75点も展示されている。
だからといって「有名どころ並べておけばたくさん人が来るだろう」みたいな打算的な構成でないところが優雅でありとても硬派でした。

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ちなみに「フィリップス・コレクション」とは

今更だけど、フィリップス・コレクションとは、アメリカの富豪ダンカン・フィリップスと、その妻であり画家のマージョリーによる近代美術コレクション。

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▲フィリップス夫妻。左がマージョリー、右がダンカン。

 
アメリカ初の近代美術館は、このフィリップス・コレクションをもとに設立されている。
印象派を中心に幅広く蒐集した彼らは、アメリカの当時の若手作家の作品も積極的に購入し、作家たちの良きパトロンであったことでも知られています。
また、ピエール・ボナール作品の優れたコレクターであることも有名で、世界で一番はオルセー美術館だけど、二番目はこのフィリップス・コレクションといわれるほど。つまり今の東京では、国立新美術館三菱一号館美術館という2か所でボナールの優品を味わうことができてしまうのだ。贅沢ですね。

ちなみにダンカンさんが初めて訪れた外国は、意外や意外、日本だそうです。

印象派も良いけど、ブラックが最高すぎた

ダンカン、初めは結構堅実な感じで蒐集をはじめているんだけど、ところどころ本性というか「うんうん、こういうのが好きなんだね」という趣味がチラついていて大変良い。
とはいえ堅実路線も趣味が良く……というか、ぶっちゃけ私と好みが似ていませんか!? と図々しくも初期の段階で思ってしまった。

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エドゥアール・ヴュイヤール《新聞》ヴュイヤール大好きなので……

 

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ピエール・ボナール《犬を抱く女》 この作品をきっかけに、ダンカンはボナールのコレクションを始める。

 

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ピエール・ボナール《棕櫚の木》じっくり見ると、画面を額のように棕櫚の木で囲んだり、その緑の補色となる赤を屋根に用いつつ下品にしないところ、そして本来主役になるはずの人物をわざと逆光で描くことで遠く見渡す眼下の街並みのまぶしさを強調させるなど、あらゆるテクニックが活きていることがわかる。

 

買う気になればもっとオラついた「ザ・権威」とか「ザ・金持ち」的な絵だって買えたわけでしょうが、そういうのがほぼ無いのよな。ダンカンさん、結構苛烈な一面もあったらしいけれど……。

で、フィリップス・コレクションの中でひときわ引きつけられたのがジョルジュ・ブラックの作品。前にも書いたように購入順に展示されているので、ブラックがまとまって1つの部屋に置いてあるわけではなく、各部屋に点在しているんだけど、もう行く先々で「これ良い!!」と思うやつ全部ブラックだったんだよな……。

 

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▲左:パウル・クレー《画帳》 右:ジョルジュ・ブラック《フィロデンドロン》 ブラックは著作権の関係であまり撮影できなかったのですが、このほかに《レモンとナプキン》という作品があって、それが本当に本当にひれ伏すくらい良かったことをここに書いておきますね……。

 

なんかそれほどブラックのこと好きってわけじゃなかったんだけど、今回で一気に好きになったっていうか、私が好きだと思うブラック作品は全部この人が買ってたんだなと知った。

ブラックというと「キュビズム界隈ではピカソと双璧を成す存在」というイメージだけど、そういう括りは別にして、ブラックという画家の作品を純粋に楽しむことができたのはフィリップス・コレクションが初めてかもしれない。

そう思うとほかの作家もジャンルの括り無く観えるようになってくる。
今回は購入した年代順に展示しているとのことだけれど、さらにひと部屋ごとの並べ方をセオリーにとらわれない独自のコンテクストで配置している。つまり色彩だったり画面構成だったりを活かして展示室ごとのリズムを重視してならべているんだけど、これが本当に心地よかったです。

ダンカンが存命のときからフィリップス・コレクションのスタッフとして活躍している方が今回の展覧会についても様々なアドバイスをしてくれたそうなのだけれど、「ダンカンだったらこんな並べ方をしない。もっとエンジョイして良いんだよ」と仰ったらしい。なるほど私が感じるこの空間の心地良さは、ダンカンのセンスが踏襲されたものなんだとなんだか嬉しくなった。 

この部屋に住みたい

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▲会場風景 このほかにこの空間にはド・スタールもあるんですけど、色彩の調和やらなにやらが最高だった。


私と同じ趣味の方がどれくらいいるか分からないけれど、少なくともモランディとか好きな人は「この部屋に住みたい」と思う展示室が会場内に絶対に幾つか見つかる。

私は3つくらい強烈にそう思う部屋があって、今すぐ大の字になってこの空間を味わいたい……という衝動を抑えるのが大変だった。

これが自分の家ならどんなに良いか。

いかな腹の立つことがあっても、理不尽に飲み潰れてしまいたくなる日があっても、帰ったらこの部屋が待っていると思えば凛としていられるのではないか。

また、朗報に心躍るような日は絵の前でゆっくり喜びを味わうも良し、穏やかな休日の午前は絵の前でまどろむのも素敵だ。
……まあ、そうならないのが現実ですが、少なくとも生きている間に心底そう思える空間に身を置けたことは幸運だし、会期中はまた訪れることができるというのもありがたい。

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▲この部屋凄かった。左:アメデオ・モディリアーニ《エレナ・パヴォロスキー》右:ドミニク・アングル《水浴の女(小)》 アングルとモディリアー二、まさかの隣り合わせだけれども不思議としっくりくる。

 

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▲そしてその向かいにはニコラ・ド・スタールの《ソー公園》が。同じ空間にゴッホもある。

 

なんでも11/10~12/16の間、ミュージアムカフェにて20時になってから登場するという「アートな夜パフェ」なるものが楽しめるそうなので、近日中に必ず再訪する予定です。

 

ダンカン・フィリップスになれてしまうミュージアムショップ

三菱一号館美術館のもう一つの楽しみは何と言ってもミュージアムショップ。Store 1894は、今回も新しい面白さで満ちていた。

まず店内に入って目にするこの箱。

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中を覗いてみるとわかるけれど、ものすごーーーーく精巧なミニチュアなんですね。

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しかし既視感のある風景。
それもそのはず、これは展示室に掛けられていた写真にもあった「メインギャラリー」を再現したもの。

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グレーが基調となっているのは、残っている記録がモノクロ写真しかないからだそう。

しかしよ。見てくれこの細かさ。
「ソファがとても素敵ですね~」っつったら、なんと写真のソファの柄を12分の1の縮尺にして布から再現しているというから驚いた。

ほかにも部屋に置かれた観葉植物の葉のしなり具合だとか、廊下の奥行とか何時間でも見ていられるほど美しい世界。
壁に掛かっている、これまた精巧な絵画のミニチュアは、購入することもできる。おうちにミニチュアがある人、ちょっとしたアクセントが欲しい人、ぜひどうぞ。

そしてもうひとつの目玉が、壁一面にずらりと並んだポストカード群

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今回展示されている絵画は68点。なんとここにはそのうちの64点が置かれているという。
ショップを運営する株式会社EASTの代表・開(ひらき)さん曰く「ミュージアムグッズの原点はポストカードだと思っています。展覧会で感動した絵を持ち帰りたい、誰かと共有したいという想いを叶えてくれる。けれどお気に入りの絵に限ってポストカード化されていなかったりする。今回はそれを解消すべく、64点揃えました」とのこと。

そうなんですよ。気に入った絵がポストカードのラインナップから外されていること、めっちゃある。でもその問題が解消されるということですね。
そのうえ展示作品ほぼ全て網羅しているってことは、もしかして「ここに住みたい」と思った部屋の再現ができてしまうということ……?
いや、それ以上にダンカン・フィリップスになりきって自分でいろいろキュレーションを楽しめてしまうということでは……?

しかしそれには64枚買わなきゃいけないわけで、1枚150円として9,600円か~~と思っていたら、なんと64枚セット売りがあるという。しかも専用ボックスが付いてお値段約半分の5,000円(+税)! 一気に1枚当たり78円になるの、すごいよな……。1日限定5箱らしいのでお早めに。

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繰り返しになるけどこの展覧会について言えば、優品名品が多いという以前に好きな絵が多かった。私が彼と同時代に生きた金持ちだったら、絶対趣味がかぶって奪い合いになっていただろうなあ。……というか、もしや前世?? と不届きにも思ってしまうくらいにストライクでした。

経済的にぽんぽん絵が買えなくなった時代もあったらしく、そういう時はコレクションを売却して新しいものを購入するなど、やりくりしていたそうな。
中には同じ購入年代でまったく趣の違う作品が同居していることもあり、そのときのダンカンの生活の記録と照らし合わせて想いを馳せるのもすごく新鮮だった。

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▲こんなふうに、各作家に対してのダンカンのコメントが紹介されている。作品に対するコメントもあり、購入した理由を把握できるのは面白い。

 

「〇〇コレクション」という展覧会は多いけれど、コレクターの人となりをここまで浮き上がらせた展覧会も珍しい。
新しい楽しみ方を教えてくれる展覧会でした。
そうそう、次回訪れるときは音声ガイドも借りたいですね。あんスタの深海奏汰を演じる西山宏太朗さんが担当しているそうで、声優起用は三菱一号館美術館初なんじゃないかな……?

概要

●期間:~2019年2月19日(月・祝)

●時間:10:00〜18:00 
   ※祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週平日は21:00まで
       ※いずれも入館は閉館の30分前まで

●休館日:月曜日(但し、祝日・振替休日の場合、会期最終週とトークフリーデーの10/29、11/26、1/28は開館)
     年末年始(12/31、1/1)

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