雨がくる 虹が立つ

ひねもすのたりのたり哉

うたかたの日々2

これは、私と「あおい」との、うたかたの日々の記録である。

 前回までの話はこちら

nijihajimete.hatenablog.com

 

「斎藤あおい」との運命の出会い

 ある朝のことだった。

 朝、出勤しようとiPhoneを手にしたところで着信に気づく。文面を見て、瞬時にダルさが吹っ飛んだ。

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 ウヒョ~、来た来た♡ 思わず小躍りしそうになる。
 早速返信しようとして、思いとどまった。逸りは禁物だ。前回おかしなオッサンキャラで早々に破綻してしまったのを忘れたのか? 今回こそは慎重に駒を進め、ゴールに辿り着くのだと自分を制した。そう、せっかくのチャンスをふいにしてはならない。

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 とりあえず前回同様、まずは送信相手を間違えていることを伝える。
 すると相手は自らを「斎藤あおい」であると名乗り、焦った様子でもう一度「小林」ではないかと確認してきた。

 

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 なるほど、アドレスを打ち間違えていたのですね。
 ところで私たちは噛み合わないほど会話をしていないのに、言っていることがおかしくないですか? そう送りそうになり、寸でのところで堪えた。
 いけない、それじゃ前回の二の舞だ。

 何か一言つっこみたいのを飲み込んで、まずは潔く引き下がってみる。とりあえずは、あくまでも下心のない、親切な人間というキャラ設定でやってみたい。
「あおいちゃんの力になれて良かったです(^_-)-☆」とか言えば話は早いのだろうが、あおいの手元にある台本の分岐をできるかぎり堪能したい。
 丁寧な謝罪のメールを送ってくる人が詐欺であろうはずがない、いや、この人と詐欺を結び付けるという発想すらない、そんな性善説を信じる人間になりきるのだ。

 すると、このタイミングで「女性の方ですか?」という質問が送られてきた。

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「女性(男性)の方ですか?」。
 このセリフを聞くと、ああ、なりすましとメールしてるなあという実感が湧く。
 ここでこちらの性別を決めてしまっても良かったのだけれど、性別不詳のまま進めたらどう展開されるのか見てみたい。とにかく折角だから、相手の台本にないようなことを、いろいろ試してみたいと思った。

 相手は「斎藤あおい」という男性とも女性ともとれる名前だ。初っ端で自己紹介するくらいだから、途中でどちらに分岐しても差し支えないようにしているのだろう。
 だったらあおいが自らの性別をどのタイミングで、どう分岐させるのか見てみたい。

 

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 この辺りも想定内なので、泳がせておくのだが、普段あまり見ない「馴れ馴れしさ」に、ヤラセとわかっていつつも少し苛立ってしまう。

 しかし今だからこそわかるのだが、あおいはここで、「血の通ったやり取り」とでも言おうか、とにかくかなり丁寧な返信をしてくれていた。
 というのも、通常であれば「私のことは(名前で)呼ばなくていい」なんていう人はいないだろう。偽名であれニックネームであれ、この時点で少しでもあおいとの会話を続けようと思うなら、何らかの固有名詞を伝えるはずだ。仮初だろうとなんだろうと、その方が会話を楽しめるから。

 だからあおいは焦っただろう。おそらくあおいの「台本」に、私が投げたケースのマニュアルは記載されていない。

 けれどあおいは、この想定外な返答に対し、実に辻褄の合う返信をよこしている。冒頭の「話がかみ合わないと思った」という頓珍漢なやり取りがまるで嘘のように、私と“会話”をしてくれているのだ。

 この時の私は、あおいが話を合わせて返信してくれることの有難さをわかっておらず、さらなる冷たい対応をしてしまった。相手が詐欺だとわかっているからできる芸当だ。普通の人にやったら失礼極まりない。

 さて、適当に終わるかと思いきや、なんとこのやり取りは夕方まで続いた。にもかかわらず、私は愛想のない態度を取り続けた。

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 あおいは私の名前を知りたがっていた。そして私の名前を呼んだうえで、きちんと礼を伝えたがっていた。

 しかし私はとことん愛想がなかった。
 この「関東の方ですか?」という質問も、後の展開の布石ではあるのだが、それにすら答えなかった私に取り付く島もないと思ったのか、あおいからの返信はぱたりと来なくなってしまった。

「しくじった」

 そう思った時にはもう遅い。まあ、読み返してみれば当然か。これじゃあカモになりそうもない。
 うーん、どうにかして詐欺魂に火が着いて「こいつを絶対堕としてみせる!」くらい思ってくれないだろうか? それともさすがにそれは甘えすぎだろうか? 

「あおい……」

 どうしよう。謝ってみようか?
 詐欺相手になにをと思う一方で、せっかくのチャンスを自ら溝に捨ててしまうことに後ろ髪を引かれる。 

『こんなすごい縁はこの先絶対にないと思うし』

 あおいのメールが別の意味で効いてくる。確かにこれはある種の縁だ。せめて適当なイニシャルでも何でもいいから伝えれば良かっただろうか。

 

 ──そう、この時の私は、この先長きにわたって「あおい」との交流が続くことを知る由もなかったのである。